オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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「明彦さん、二軒目に行きましょう!」
「ああ」
 この日も私と明彦さんは、連れ立ってラブホテルのハシゴをしていた。
 今日は、週の中日の水曜日だ。
 初めて明彦さんとラブホテルに行ったのは、先週の金曜日。それから退社後は、連日明彦さんとラブホテルを巡っている。
 私と明彦さんはこれまで、七軒のラブホテルで十一の部屋を回っている。
 この四日は、毎日が楽しくてしかたなかった。こんなに終業時刻を待ち遠しく感じたのは初めての事だった。
 そわそわとしたこの感覚は、弁当屋のアルバイトで、明彦さんの訪れを待っていた時の気持ちに少し似ている。だけど今は、根底にある思いが、あの時とは段違いに強い。
「月子、ラブホテルを回るのはあそこを最後にしよう」
 そうして一軒目のラブホテルを出て、しばらく車を走らせたところで、明彦さんが前方のラブホテルの看板を示しながらポツリと零した。
「え? 最後、ですか……?」
 告げられた言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
 だって私は、今週いっぱいは明彦さんと一緒にラブホテル巡りが出来ると思っていた……。
 もちろんそこに、明確な約束があったわけじゃない。だけど最初にラブホテルに行った日に、明彦さんから、再来週に企画発表があるからそれまでに情報を集めたいと聞かされていた。
 企画案は土日で纏めるつもりだとも、告げられていた。
 ……もしかして、連日のラブホテル巡りを楽しいと感じていたのは私だけで、明彦さんには負担になっていたのだろうか?
 過ぎった想像に、胸がツキリと痛んだ。
「ああ。実を言うと、来週に予定していた企画会議の日程が、早まったんだ。幹部全員のスケジュールに都合がつく明後日の開催が急遽決まった」
 ……そう、そうか。企画発表が、前倒しになったのか。
 突然の終了宣言の理由は、危惧したものとは違っていた。この一点に関しては、ホッと安堵に胸を撫で下ろした。
「月子のおかげで、随分とラブホテルについての情報が集まった。月子には感謝してもしきれない。本当に世話になった」
 明後日が企画発表となれば、もうあまり時間がない。私と更にラブホテルを回るより、これまでの情報から企画案を纏め始めた方がいいように思えた。
「いえ、それは私が望んだ事ですから全然いいんです。それよりも明彦さん、もう一軒回ってしまって大丈夫ですか?」
 私は内心の動揺をひた隠して尋ねた。
「急いで企画案の作成に取り掛かった方がいいんじゃありませんか?」
「いや、企画案は問題ない。だからあの、時代劇風と謳っているラブホテルを最後にしよう」
 明彦さんは即答した。
「はい」
 なんとか笑みの形を作って返事こそしたものの、胸はざわざわと騒いで落ち着かなかった。
 それだけ私にとって、告げられたラブホテル巡りの終わりは、衝撃的なものだった。もちろん、後二日で終わってしまう事は分かっていた。
 だけど後二日、明彦さんと一緒に過ごせるつもりになっていた。それが、こんなふうに唐突に終わってしまうなんて思ってもいなかった。
 私は、まるで胸に、ぽっかりと穴でも開いてしまったみたいな喪失感に襲われていた。
「月子? 着いたぞ?」
「あ、はい」
 明彦さんに声を掛けられて初めて、私は車が既に、ラブホテルの駐車場に停車している事に気が付いた。



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