オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

20

「ふふふっ、分かりました。やってみましょう!」
 これが最後のラブホテル、ここまで来たら徹底的に調査し尽くしてやろう。疑似的にとはいえ、これは当事者の気持ちを知るいいチャンス。
 なにより、これが明彦さんとラブホテル巡りをする最後なのだ。
 明彦さんとの最後の夜を、思い出多いものに……。
「明彦さん、ちょっと待ってくださいね」
 私は急いでジャケットを脱いでブラウスとスカートになると、明彦さんから着物を受け取って羽織る。
 その上に、四苦八苦しながら長すぎる帯を巻いていく。
「手伝おう」
「あ、すみません」
 明彦さんの手を借りて、帯をぐるぐる、ぐるぐると巻いていく。
「明彦さん、万が一転んだりしては危ないので、私達も布団の上で試しましょう」
「そうだな」
 そうして帯が巻き終わると、私と明彦さんは布団の上に移動して、臨戦態勢で向かい合う。
「よし月子、行くぞ」
「はい!」
 私の勢い勇んだ返事を合図に、明彦さんが掴んだ帯の端をグッと引く。
「あっ、……あぁっ!」
 景気よく、『あーれー』と声を上げる準備は万端にしていたはずだった。
 ところが実際に引かれてみると、腹部に掛かる圧力と、かかる遠心力で体がグラリと傾ぐ。
「月子っ!」
 視界の端に、明彦さんが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
 なんとか体勢を立て直そうと、一歩前に踏み出して踏ん張るも、ストッキングを穿いたままだったのが災いした。私はものの見事に、すってんころりと足を滑らせて、布団に倒れ込む。
 っ! 私はこの後に訪れる衝撃を覚悟した。

 ドサッ――!!

 しかし、予想した衝撃は訪れなかった。
 いや、布団に倒れ込む衝撃は、もちろんあった。けれどどこかを打ち付けたりといった痛みを伴う衝撃は一切なく、私にはただ温かくて柔らかななにかの上で、弾むような感覚だけがあった。
「月子、大丈夫か? どこかぶつけたりしていないか?」
 ピタリと密着した体の下にある、弾力に富む温もり……。私はすっぽりと明彦さんに抱かれていた。
「……は、はい。こうして明彦さんに守ってもらいましたから」
 布団に倒れ込む瞬間、明彦さんは私を守るように懐に抱き込んで、躊躇なく自分が下敷きになった。
 だから私がどこかをぶつけるなど、あり得なかった。
「それより! 明彦さんこそ、二人分の体重を受けて下敷きになって、どこか痛めていませんか!?」
「はははっ、二人分もなにも、月子は羽のように軽い」
 明彦さんが受けた衝撃に思い至り、慌てて言い募る私に、明彦さんは朗らかな笑い声を上げた。
「それに月子は真綿のように柔らかい……」
 そうして低く囁くと、私を抱く腕にほんの少し力を篭めた。
 肌で感じる明彦さんの逞しさに、眩暈がした。頭が逆上せたみたいになって、全身の体温が上がる。
「あ、あの! もう、大丈夫ですから」
 私は明彦さんの腕の中から出ようと、小さく身を捩った。
 ところが、私を抱き明彦さんの腕は、これっぽっちも緩まない。
「……明彦さん?」
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