オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

21

「月子」
 え? どころか、明彦さんは明確な意図を持って私を抱き締める腕に力を篭め、くるんと上下を入れ替える。
 明彦さんに覆い被されるような恰好に、一瞬息が止まった。
「君に伝えたい事がある」
 明彦さんの温もりと香りに包まれて、間近に低い囁きを聞く。どうしようもないくらいドキドキして、本気で鼓動が胸を突き破ってしまうんじゃないかと思った。
 全神経が、明彦さんに集中していた。
「……けれどそれを伝えるには、ここはあまりにも相応しくない」
 明彦さんの続く言葉は、私の期待したものとは違っていた。
 だけど、明彦さんの真摯な瞳を間近にして、私に落胆はなかった。眼差しから、明彦さんの誠意が伝わる。
 明彦さんがこの場所を不適切と判断し、続く言葉を呑み込んだのは、思わせぶりでも何でもない。そこには私に対する誠実さだけがある……。
 明彦さんが抱擁を解く意図で、私との間に隙間をつくった。
 明彦さんの温もりが遠ざかる。
「だから月子、今度――」
「明彦さん、今、聞かせてもらう訳にはいきませんか?」
 私は遠ざかる温もりに追い縋り、明彦さんの肩に腕を回す。そのまま明彦さんを引き寄せるように、キュッと抱き付いた。
「私は今、聞きたいです」
 そうしてしっかりと、その双眸を見つめて告げる。
「月子……」
 明彦さんもまた、強い光を湛えた目で、私を見下ろしていた。
 どのくらい、そうしていただろう。
 互いの瞳に映る自分を見ながら、トクントクンと同じリズムに重なる鼓動を聞く。それはほんの数秒だったかもしれないし、もっとずっと長い時間だったのかもれない。
「俺は、月子を愛している」
 実際に、音として捉えたのは耳。けれど、私はまるで全身から染み込んでくるみたいに、明彦さんの告白を聞いた。
 歓喜が全身を巡る。
 高まる想いは、じんわりと熱い雫となって浮かぶ。
「始めて出会ったあの日から四年、俺はずっと月子だけを愛している」
 膨らみきった想いは溢れ、堰を切ったように頬を伝った。
「……明彦さん」
 あぁ、愛する想いはこんなにも熱いのか……。まるで内と外から焼かれてしまいそうだと思った。
 けれど、明彦さんの胸の中で焼き消えるなら、こんなにも幸福な事はなかった。
「私も同じです。四年前のあの日から、私も明彦さんを愛しています」
 溢れる涙はそのままに、私はしっかりと明彦さんを見つめて告げた。
 そうすれば視界に映る明彦さんが消え、私は明彦さんの胸に掻き抱くみたいにギュッと閉じ込められていた。
「月子っ……」
 だけど熱いのは、私だけじゃなかった。
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