オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

23

「月子……」
 そうしてひとしきり笑い合った後で、明彦さんがそっと私に顔を寄せた。
 私は再び口付けられるのかと思い、反射的にキュッと瞼を瞑った。
 けれど唇に、予想した感触は落ちなかった。
 ……あ。
 代わりに触れ合ったのは、額と額。ゆっくりと瞼を開けて見上げれば、明彦さんが額と額をコツンとくっ付けて、私を間近に見つめていた。
「俺は結果として、これでよかったような気もしている。月子と心触れ合わせた事はこの上もなく幸せで、その先を望まなかったと言えば嘘になる。けれど俺にとっては、月子と、そして月子と積み重ねていく全ての経験が宝だ。二人にとって一生の記念となる場所はやはり、ここではなかったという事だろう」
 私の事を、宝とまで言ってくれるのか……。
 幸福過ぎて胸が詰まった。一度は止まったはずの涙が、再び滲むのを感じた。
「はい……」
 私が小さく頷いて答えれば、その衝撃で滲む涙がツーッと頬を伝った。
 すると温かな唇が溢れる涙を掬い取った。
「ふふっ、くすぐったい……」
「月子の涙だ。一滴とて無駄にするのが惜しまれる」
 私が首を竦めて訴えれば、明彦さんは至極真面目な顔で答えた。
 明彦さんの言葉も、態度も、全部全部が私への優しさと慈しみに溢れている。
 愛とはこんなにも深く染み入るのように温かいのか……。
「明彦さん、私、ずっと明彦さんを愛してます……」
 たとえいつか、別れの時が訪れても……。
 私の告白に、明彦さんは驚いたように目を瞠る。私はそれに、笑みを深くして応えた。
 もともと、ゴールが欲しかった訳じゃない。
 明彦さんの胸の中で、焼き消えていいとまで思えた。
 これだけ愛しいと思える人に出会えた事が幸い。
 ならばその先に、一体何を望もうというのか……。私はそれ以上を、望むまい。
 明彦さんを愛しいと思う、その心だけでいい。
「俺も同じだ。ずっと月子を愛している。出会いから四年、日に日に想いは膨らんだ。この後も日々、この想いが膨らんでいくとするのなら、俺は一体どうなってしまうのかと恐怖すら感じている。……月子? 何故泣く?」
 ますます涙を溢れさせる私に、明彦さんが困惑を滲ませて抱き寄せる。
「だって、あんまりにも嬉しくて、幸せで……」
「月子……」
 私と明彦さんは、そのまま優しい抱擁と口付けを繰り返しながら、チェックアウトまでの時間を惜しむように過ごした。
 そうしてチャックアウトの直前にぐるぐる巻きの帯の存在を思い出し、二人であくせくと再びの帯回しに挑んだのも、宝物となる記憶のひとつだ。


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