オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「え、でも……」
 月子は三郎の言葉に逡巡の気配を見せた。
「ねーちゃん、習い事行ってる友達なんかはさ、もう一人で喫茶店とかファーストフード店とか使うんだ。僕だってほんの数分、母ちゃんが来るまで一人で待てなくってどうするの!」
 三郎は尚も笑顔で言い募り、月子の背中を押す。
「それにさ、こんな事言いたくないけど、彼氏同伴で弟の病院に駆けつけたなんて、母ちゃんに説明し難いんじゃないの? 僕がさ、母ちゃんにはちゃんと言っておくから!」
「……三郎」
 三郎の言葉に、月子は少し驚いたように目を瞠った。
 まさか俺も、三郎がこんなふうに言ってこようとは思ってもみなかった。
「はいはい! そんじゃーな、ねーちゃん! お兄さんもありがとう!」
 やはり、三郎は大人顔負けに機転が利く。
「……じゃあ三郎、先に行かせてもらうね」
 結局、月子は三郎に押し切られる形で、アイスクリーム店を後にした。
「あ、それからねーちゃん! 母ちゃんの手前、このアイスクリームの出どころはねーちゃんって事にしとくから」
 そうしてまさに扉が閉まろうかという瞬間、三郎が思い出したように月子に向かって声を張っる。
「え!?」
 月子がギョッと目を剥いて店内の三郎を振り返るも、無情にも扉はパタンと閉まる。
 三郎は扉の向こう側から、右手で土産のアイスの箱を持ち上げて、ニッコリと笑ってみせた。
「あー、ここだよ! 雑誌の特集で見て、一度来てみあかったんだ」
「へー! わぁ、けっこう種類がありそうだね~」
 そうこうしている内に、店内には新たな客が吸い込まれて消える。そうすれば、三郎の姿も人影に隠れて見えなくなった。
「……明彦さん、いつの間に買っていたんですか?」
 月子は店内に戻って三郎に問い質そうとはしなかった。代わりに、俺の袖を引いて厳しい声を上げた。
「買ったのは、月子が母親との電話で席を立った時だ」
 俺は月子の肩を抱き、アイスクリーム店のパーキングに向かう。
 月子は俯き加減で、静かに俺に身を任せていた。けれど俺には、どことなく月子の纏う空気が硬いように感じていた。
「……どうして?」
 そうして車に乗り込んだところで、月子が消え入りそうな声で呟いた。
 けれど俺は、それが何に対しての『どうして』なのか、その真意を図りかねた。
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