ハイスペックなイケメン部長はオタク女子に夢中(完)
35.夫婦茶碗と蝶
北見宅に着き、あやめは持ってきた食材を冷蔵庫に入れ終わると、先程購入した食器類を洗い、調理用具も洗った。クローゼットに洋服を掛けに行っていた北見は、水切りかごに入った食器を見て、嬉しそうだった。あやめは早速イワシの梅煮の下準備を始め、買ってきた圧力鍋にイワシを入れて火にかけた。昼は生姜焼きにしようと豚肉を出して下味を付け、ささっと焼いて、豆腐のおすましと持ってきた野菜のピクルスで済ませようと思った。時計を見ると、良い時間だったので、あやめは洗ったばかりの夫婦茶碗にご飯をよそい、お椀におすましを入れ、白い中皿に生姜焼きとキャベツの千切りを乗せ、小皿にピクルスを乗せて、ダイニングテーブルに運んだ。いつの間にか作業場へ入っていた北見に

「雅也さん、お昼ごはんにしませんか?」と声をかけると、出てきた北見は、食器が並んだダイニングテーブルに大満足したようで、

「やっぱりこのお茶碗買ってよかった。」とまた写真を撮っていた。子供のように喜ぶ雅也に、こんな簡単な料理で申し訳ないと思いながら、今日は絵を描きに来たから仕方ないとあやめは諦めて、二人で頂きますをした。多めに作ったはずの生姜焼きも、やはり北見は美味しい美味しいと完食してくれた。

「あやめのご飯毎日食べたい。」と言う北見に、

「こんな普通のご飯で良いならいくらでも作りますよ。」とあやめが言うと、

「ホント?」と目を輝かせた。あやめは

「まぁ、家も近いですし、タッパーに入れてお届けしますよ。」と言って、北見を見ると、ヘナヘナとテンションが下がっているのが見えた。不思議に思いながら、

「何かテンション下がってません?」と言うと、

「え?、あーまぁ…オレは毎日ココで作ってもらいたいんだけどね。」と北見は苦笑いをした。あやめは、そういうものなのか…と思いながら、

「別にどこでも良いですけど…。帰宅時間は絶対私の方が早いと思うんで、ウチで作って持ってきたほうが時間のロスが少なくて済むのかなーと思うんですけど。」と答え、お皿をまとめて流しへ持っていき、洗い物を始めようとした。北見は

「あ、洗い物くらいオレがするよ。」と言って、スポンジを取って、洗剤を沢山つけた。

「あやめはもう描いてきていいよ。あっちに出しといたから。」と言って、リビングのソファを指した。あやめは、もこもこと泡立てる北見を見て、

「じゃぁ、お言葉に甘えて」と言って、出してもらったスケッチブックと絵の具を取りにリビングに行き、ソファが汚れると嫌なので、ダイニングに戻って、そこでスケッチすることにした。北見は

「ソファでもいいよ。」と言ってくれたが、あやめは

「こっちでも良いですか?」と聞き、ダイニングテーブルで、今見たモコモコの泡を思い出しながら、鉛筆で下書きをしてモコモコの泡から大きなシャボン玉を幾つか描き、中に昨日見た中華街で出会った人たちを描いていった。右上の大きなシャボン玉にはやはり北見を描いた。久々に絵の具を乗せていく作業は楽しかった。モコモコの泡の表現をだすために、淡いグレーや水色で陰を作り、シャボン玉は黄色や赤紫を薄めながら色を重ねた。やっぱり難しいなと思いながらも色作りに熱中してしまい、中の人物はどうでも良くなってしまった。一枚目をとりあえず、乾かすために外した。イラストがメインのはずだったのに、いつの間にかあやめは昨日の風景を思い出しながら、お店の外観や雑貨屋で見た小物たちをフリーハンドで絵の具で描く作業に移っていた。二枚目も外し、三枚目は夫婦茶碗を描いて、その藍色と臙脂色を使って、蝶を描いた。自分でも蝶を描こうと思って描いたわけではなかったが、筆を走らせているうちに蝶の形に収まった。藍色と臙脂色が滲んで深い紫色のような色になり、それが面白くていくつも蝶を描いた。ふと視線を感じて顔を上げると、ダイニングテーブルの向かいに座った幸せそうな表情の北見と目が合う。

「どうかしましたか?」とあやめが聞くと、

「あやめって絵描いてる時、どんなこと考えてるのかなーって思って。」と言った。どんなこと?と思いながら

「特に何も考えてないですけど…?」と答えると、

「今、すごい笑顔で描いてたから。気になって。」と言われ、あやめは手元のスケッチブックを見せた。

「久々に水彩絵の具で描くと、色んな発見があって面白いです。この水で滲んでいく感じとか、藍色と臙脂色が混ざる感じとか、パソコンだと指示出さなきゃ出来ないけど、水が落ちたり、乾いていく段階で色んな混ざり方が見れて。何かこの色の混ざり具合が蝶を描くのにぴったりな気がして、気づいたら蝶になっちゃってました。」と説明をした。真剣な目でジッと絵を見つめる北見に少し居心地が悪くなったあやめは、ちょっと休憩をしようと立ち上がり、キッチンで手を洗うとお湯を沸かしてコーヒーを淹れる準備をした。

「あやめさ、絵で生きていきたいとか思わないの?」と突然北見が言った。ドリップにお湯を注ぎながら

「そんな無謀なこと考えたことありませんよ。」とあやめが笑うと、

「一回真剣に考えてみたら?」と北見の言葉に顔を上げると、真面目な顔であやめを見つめる北見の視線があった。あやめは

「ちゃんと勉強したこともないのに考えられるわけないですよ。」と少し呆れて言うと、

「じゃぁちゃんと勉強してみたら?」と北見は言った。あやめは思わず

「は?」と聞き返すと、

「必要があるなら学校とか通って勉強してみたら良いんじゃない?」と北見が続けた。あやめはドリップを外しながら、

「学校って…そんなことするお金も時間もあるわけないじゃないですか。」と言った。北見は

「勿体無いよ。学校行ってみたいとか思わないの?」と言った。あやめは

「私は趣味で描く位が丁度いいんです。雅也さんが私の絵を気に入ってくれるのはうれしいですけど、それで食べていける程甘い世界じゃないです。仲間の中にはフリーのイラストレーターとして活躍してる子も居ますけど、私は彼女のような才能が自分にあるとは思えないです。あくまでも趣味の範囲で好きなように描くってくらいが私には合ってるんです。」とコーヒーカップを一つ北見に差し出しながら言った。

「オレはあやめの絵、使いたいと思うけどな。」とコーヒーを一口飲みながら北見は言った。あやめはもう一つのカップに注いだコーヒーに口をつけて

「こんなのでも加工して使えるものがあったら使ってもらえると嬉しいです。」とあやめが言うと、

「じゃぁこの蝶の絵もらっておいても良い?」と北見は言った。あやめは驚きながら、

「もちろん、どうぞ。」と笑うと、

「もしホントに使うことになったらまたあやめにちゃんと言うから。」と言った。
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