剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 立ち上がったセシリアは訝し気に尋ねた。

「あの人、なにか言ってました?」

「いや?」

 笑いながら否定されても、あまり説得力はない。とはいえクラウスに隠し事は出来ない。これは兄が生きていた時からの暗黙の了解だ。

「結婚くらいしてやったらどうだ? 所詮は紙切れ一枚の話だろ」

 アルント王国では結婚の際に絶大な効力を発揮するのは、神への誓いでも、結婚式を執り行うことでもない。王の署名が入った宣誓書が絶対だ。

 書類に国王のサインがあれば夫婦として認められ、それは離縁するときも同じだった。

 だからといって、結婚が簡単なものだと軽んじられているわけではなく、この国では神よりも王の方が人々の崇拝する象徴であり、絶対的な力の強さを物語っているからだ。

 黙り込むセシリアにクラウスは畳みかけた。

「どうせお前もルディガーから離れる気はないんだろ。あいつだって」

「嫌です」

 セシリアはきっぱりと言い放つ。国王陛下の話を遮り、ましてや反抗など不敬罪もいいところだ。セシリアは視線を落としつつも、早口で続けた。

「きっとあの人は結婚しても、子どもができたとしても、大事な家族をおいて陛下の命令や国のためならどんな危険な場所へだって赴く。そのときにもう待つだけなのは、願うだけなのは嫌なんです」

 珍しくも必死さが込められている声だった。

 セドリックのときに思い知った。無事を願うだけで、なにもできなかった自分。剣の腕をいくら磨いても、それだけでは意味がない。
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