剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするよ」

 ここでアルツトは意表を突かれる。ルディガーはアルツトの手を離すと、なにげなくセシリアの肩を抱いた。

「譲るなんてとんでもない。彼女はとっくに俺のものなんだから」

 軽やかな口調だった。いつものセシリアならすかさず物申すところだが、このときはぐっと堪える。今の自分の立場を考えれば余計な口を挟むべきではない。

 上官の思惑も目の前の男の真意もまだ量りかねる。とくに初めて会ったときからアルツトから向けられる感情はどうも掴み所がなく不透明だ。

 しばしの沈黙。扉一枚を隔てただけの賑やかな世界から遠く隔離された闇夜の静寂(しじま)。

「わかった。ここはおとなしく引こう」

 口火を切ったアルツトはおとなしく一歩下がると、ルディガーからセシリアに視線を移す。

「ルチア・リサイト」

 一度だけ告げた名を彼ははっきりと口にし、空気を震わせた。

「気になるならお前も本当の姿で俺を見つけて尋ねて来い。少しはお前の欲しい情報を与えてやろう」

「あなたは……」

「言ったはずだ。“私はアルツト”だと」

 含みのある言い方をして、アルツトはその場を去る。残されたセシリアは、ルディガーに目を向けた。

 どうして彼がここにいるのか。なにかあったのか。それともアルツトが気になったのか。

 それらの疑問をまとめて口にしようとする。
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