お日様のとなり
「何が始まるの?」
バケツを持って戻ってきたイチくんに問いかける。
イチくんは口の端を上げてニヤリと笑った。
屈んでバケツを砂浜に置くと、ガサガサと袋の中を漁る。
「夕暮れの海と言えば?」
「え、わかんない」
「は?マジで言ってる?」
げんなりした顔で見上げられても、私にはそんな答えが思い浮かばない。
模範解答でもあるというのだろうか。
少なくとも、私が生きてきた中で初めて問われた質問だった。
「かっきーってもしかして海も初めてだったりして」
ニヤニヤしながら変なテンションになっている真央先輩に腕を小突かれる。
鈍い痛みによろめいて「初めてです」と答えると、3人そろって「え?」と同じ顔を向けられた。
そういった目を向けられるのには慣れているけれど、やっぱり良い気分にはなれない。
この3人だから尚更。
心のどこかで恥ずかしいといった感情が私の身体を刺激する。
顔には出ないとしても、感情だけは失われずにいるのだから、まったく不便な話だ。
3人の中の空気が微妙に変わった気がして、居心地が悪くなる。
悪くしてしまったのは、他でもない私なのだけれど。
海の方へ顔を向ける。
陽が落ちかけた海には、昼間のような賑やかさはなく、砂浜には若いカップルの姿がちらほらと見えるだけ。
私の目にはどこか寂し気に映る海。
私のレンズには「夕暮れの海と言えば?」の答えが映らない。