【ゆっくりかたむき】
【>>1】


朝目を覚ませば、半分開けてある窓から微かなる鳥の鳴き声……

なんて爽やかなものは俺の日常に存在していない。
それは十数年前に俺が自ら手放したものだ。
残念だが他を当たってくれ。


もう随分と長い間一日オフなんて素晴らしい休息は貰ってない。
有難いことと言えばそりゃそうだ。

今朝の九時だというのに俺のいる場所は某テレビ局の楽屋。
今からスタジオで何個かのバラエティ収録。
それが終わったら今度はラジオ撮り。
そこから急いでバスに乗って三時間掛けてロケ場所に行って…

我ながら溜め息が出そうになってしまう過密スケジュール。

…お陰様で2年付き合ってた彼女にも振られる始末。
振られる時なんて言われたと思う?


『仕事仕事仕事…って。芸能人の恋人ってタダでさえあんたが思ってるより辛いんだからっ』

…もう素直にごめん、としか出てこない訳で。
それでも彼女じゃなくて仕事を取ってしまうあたり俺の方に非があるとは思う。
はあ、次家に帰っても暖かいご飯とお風呂は待ってない訳か。



深い深いため息をついていると、携帯が着信を告げた。
個人用ということは、仕事関係ではなさそう。

『一ノ瀬峻』

ディスプレイに表示されたその名前は、一瞬で疲れを忘れさせた。


「、もしもし…」

慌てて取った電話。
声が少し裏返ってしまったのは許して欲しい。
そんな俺の様子に電話の向こう側の相手は少し吹き出すように笑ったのが伺える。


『…元気?りゅー』
「勿論…そっちは?」

淡く耳に残る、綺麗な声。
そいつは俺の質問には答えず、ケタケタと向こう側で笑ってる。


「なんだよ」
『今見てる番組で、りゅーの好きな食べ物…タコライスって…!変わんないなぁって』
「そんなに笑わなくても…」

堪えられないと言った様子で爆笑しているそいつ。
…それだけで電話してきたのか?
相当暇なヤツ。

俺が不機嫌気味に切るぞ?と言えば待ってー、なんて未だ笑みを含む答えが返ってきた。


『…いつ暇になる?』
「さあ。今の所一年先まで予定はびっちり…」
『別に一日頂戴とは言ってない。夜ご飯作ってあげるから、ちょっと寄ってかない?ってお誘い』


……本当、生意気。
そういう所昔から変わらないよな。

でもその誘いが自分へのご褒美にすり変わってるのを気づいてないわけじゃない。
楽しみにしてしまっている自分がいる。



「…行く。また予定はメールするから」
『ほーい、んじゃね』


あっちから強引に切られた通話。

あいつは、あいつはどれだけ俺を悩ませたら気が済む?
俺はいつまでお前に振り回されればいい?
なぁいつになったら…。


…………俺はお前を忘れられる?
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