極上御曹司に求愛されています



「イラスト集が出せるのも、星野さんのおかげです」
「芹花ちゃん、おおげさだよ。僕のほうこそいい記念になったし、芹花ちゃんに感謝しているんだよ」
「いえ、大家さんが星野さんでよかったし、おいしいご飯に何度励まされたかわからない」

芹花は大きな目をかすかに潤ませ笑った。
そして、カウンター越しに星野と奥さんの千奈美に頭を下げる。
芹花は仕事を終えたあと、サンプルとして出版社の人からもらったイラスト集を持って『月』にやってきた。そろそろ閉店という時間のせいか、珍しく空いていて、芹花と入れ違いに最後の客が帰ったばかりだ。
他に誰もいない店内は静かで、芹花はおずおずとカバンから取り出した写真集を丁寧にカウンターに置くと、千奈美が「まあ」と小さく声をあげた。

「いよいよ発売なのね。おめでとう。あ、お腹がすいてるでしょう? ハンバーグを残してあるわよ」
「え、久しぶりのハンバーグ、嬉しい」
「ほらほら、召し上がれ」

星野が芹花の目の前に置いたハンバーグからは温かな湯気があがり、熱いプレートの上でジュージューとおいしそうな音をたてている。
芹花の大好物のハンバーグはコクがあるトマトソースが評判で、一日二十食の限定メニューだ。
ランチタイムで完売することが多いというのに、芹花がいつ食べにきてもいいようにと、残しておいてくれる優しい星野夫妻。
大学入学と同時にひとり暮らしを始めた芹花にとって、親のような存在だ。
実の両親も、温かで愛情深い二人が大家ということで、安心している。

「それにしても、いい記念になるわね。五つ星をもらうような有名店になった気分」

千奈美はイラスト集の裏表紙を見つめながら嬉しそうに呟いた。
裏表紙だけでなく、イラスト集にはこれまでカフェの黒板メニューに描いた絵がいくつか掲載されているのだが、芹花が描いた絵は既にSNS上で評判となっていて、店の名前や場所も特定されている。絵だけでなく、料理のおいしさも知られている有名店だ、イラスト集が発売されれば普段以上の客が訪れるはずだ。
そのことを予想し、イラスト集への掲載を決断できずにいた芹花の背中を押してくれたのはほかの誰でもない星野夫妻だった。

『俺たちもあと何年元気に店を続けられるかわからないし、最後に楽しい思い出を作るのも悪くないさ』

満足げな笑顔を浮かべた星野夫妻の言葉に、芹花は実の両親からは感じたことのない誇らしい気持ちを感じた。
大学を卒業しても引っ越しをせずこの店が入るマンションの三階に住み続けているのは、部屋の住み心地の良さも大きいが、なにより大家である星野夫妻が大好きだからだ。

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