触れられないけど、いいですか?
「そうだよな。ごめんごめん」

そのへらっとした軽い感じの笑い方はいつも通りだったけれど……あっさりそう謝ってくれたものだから、こちらとしても少々拍子抜けしてしまった。


「こ、こちらこそ変なこと言ってすみません」


そのまま話題は仕事のこと等になり、私の結婚について再び触れられることはなかった。



だけど、私が一足先に食堂を出ようとした時、霜月さんも「俺も一服したいから先に行ってる」と黄瀬さんに言い残し、私達は二人でその場を後にすることになった。


……霜月さん、煙草吸う人なんだ? 全然煙草の匂い感じたことないし、寧ろいつも香水の良い香りがするけど……。


そんなことを考えながらエレベーターに乗り込む。私と彼以外にこのエレベーターに乗る人はいないようだ。

私は自分のオフィスの階ボタンを押そうと、右手を伸ばす。


……けれど突然、その右手を霜月さんに掴まれる。


相変わらず、霜月さんに触れられるのは平気なのだけれど、突然だったのでさすがに驚いてしまう。
戸惑っている間に、エレベーターの扉がゆっくりと閉まる。
するとそのまま体重を掛けられ、背中が壁にトンッと当たる。


痛みはなかったけれど、驚いて一瞬目を瞑ってしまった。再び目を開け、彼を見ると……ニヤッと笑いながら私を真っ直ぐに見つめている。
……彼が私に対して意地悪気に笑うのは初めてのことではないけれど、いつもの軽い感じではない。彼の目は笑っておらず、思わずゾクッとしてしまいそうになる程に怖さを感じた。
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