触れられないけど、いいですか?
いつもの帰り道を、翔さんと一緒に歩いていく。

でも、彼が纏うピリピリとした空気はまだ剥がれない。


もはや笑顔すらなくなっていて、何て声を掛けたらいいかも分からずにいる。


すると、翔さんがピタリと足を止めた。
私も彼の隣で、慌てて立ち止まる。


「翔さん?」

彼を見上げながら名前を呼ぶと、ようやくこっちを見てくれた。


だけど、何故か凄く冷たい目。こんな彼、見たことない。


「翔さん……?」

恐る恐るもう一度名前を呼ぶと、彼の右手がスッと私の方へと伸びてきて、そしてーー


「きゃっ!」

その手は私の顔の横をすり抜け、ダンッという荒い音と共に、コンクリート壁に押し付ける。

私の背後はコンクリート壁、顔の真横には翔さんの腕があり、正面には彼本人。

完全に、翔さんと壁の間に挟まれてしまった。

近い……。

いくら相手が翔さんといえど、男性とのこの距離は私の心臓には悪い……。

今すぐにでも触れられてしまいそうな距離……。


一体、どういう状況なの? 翔さんの目つきは、相変わらず怖いし……。


すると、ずっと黙っていた翔さんがようやく口を開いた。


「さっきの男は、さくらさんとどういう関係ですか?」

「え……?」

さっきの男の人って、当然霜月さんのことだよね?

どういうって……同じオフィスビルで働く、一つ上の先輩っていうだけだけど……。


……いや、でも私達結婚するんだし、いくら政略結婚でお互いに恋愛感情がなくたって、婚約者が自分以外の異性と親しげにしていたら、いくら優しい翔さんだって気分は良くないかもしれない。


「ごめんなさい。あの方には先日、個人的にちょっとお世話になりまして。そのお礼も兼ねて少しお話ししていたんです」
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