触れられないけど、いいですか?
実際にただそれだけなのだけれど、翔さんに誤解させないよう、言葉を選びながら慎重に伝える。だけど、空気が重くならないよう、なるべく笑顔で。


「ほら、さっきの人って、顔が可愛らしい感じじゃないですか? だからなのか、私も男性に対する恐怖心みたいなのを感じなくて。だから、その……いったん離れーー」

「顔が可愛くたって、男は男ですよ」

私の声を遮ってそう言い放った翔さんの声は、どこまでも冷たかった。

初めて聞く彼のその声のトーンに、思わず背筋がぞくりと凍りそうになった。


「しょ、翔さん……?」

「それにあの男、明らかにさくらさんのこと狙っていたでしょう。そんなことも分からなかったんですか?」

「ね、ねら?」

「ったく、相手も相手だが、本人もこれじゃあ、心配で気が休まらない」

そう言って、小さく溜め息を吐く彼。

えっと。霜月さんが私を狙っている……かどうかは置いておいて、私と霜月さんが仲良くしているように見えたのが原因で翔さんが怒っているというのは間違いなさそう。
それは私と翔さんが正式な婚約者だからという理由にも間違いはないだろうけれど……さっきからそれは誤解だって話しているんだし、ここまで怒らなくてもいいのではないだろうか……。

だってこれじゃあまるで、独占欲の表れだ……。

独占、だなんて。それは相手に少なからず愛情があってこそ抱きたくなる感情のはず。

所詮は政略結婚の私相手に、翔さんがそんな感情を持つはずない……。


それなのに、熱い視線で私をどこまでも真っ直ぐに見つめてくる目の前の彼に、さっきまでの恐怖心が溶かされてしまったのか、急に、ドキドキしてしまっている自分がいて……。

思わず目を伏せると、頭上からとんでもない言葉が降ってくる。


「キス、しようか」


……え?
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