触れられないけど、いいですか?
「大丈夫? 嫌な気分になったりしてない?」

「……大丈夫」


暖かい彼の腕が、体温が、落ち着く。
それでいて、心臓はドキドキと強く脈打っているから矛盾しているようにも感じる。


だけど確かに言えるのは、嫌な気分なんて一ミリも感じてはいないということ。


ずっとこうされていたいーーずっとこのままでいたいーーと、そんなことさえ思った。


だけど、私に気を遣ってか、彼は案外あっさりと腕の力を弱め、私の身体を自分から離した。


「ありがとう。具合悪くなったりしてない?」


そう聞かれたから、「うん」と素直に答えた。もう少し抱き締めていてほしかった、とは恥ずかしくて言えなかったけれど。



そして、路地裏から出ると改めてデートを再開する私達。

私の心臓はさっきからうるさくてドキドキしっぱなしだけれど、隣を歩く翔君はとっても落ち着いて見えるから、何だかズルく感じてしまう。


「俺だって緊張してるよ」


私のじとっとした視線を受けた彼は、私の心の内をエスパーのごとく読み取ったらしく、そう返してくる。

翔君が緊張だなんて、本当だろうか?

でも……本当だったらいいな。



夜、家の前まで到着すると、送ってくれたお礼を彼に伝える。


「少し上がっていく? 翔君の顔が見られたら両親も喜ぶと思うけど」

「ありがとう。でももう遅いし、また改めてお邪魔するよ。
……それにこれは、二人きりの時に渡したいから」

そう言って彼が私に差し出したのは……指輪のケース?
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