触れられないけど、いいですか?
「そうなんだ。さくらも楽しかった?」

翔君が私に笑顔を向けながらそう聞いてくる。

きっと翔君は私のことだって信じてくれる、私は疑われたりなんてしない、そう思ったから、今しがたの優香さんとのやり取りを今ここで全部話してしまおうか、そんなことも一瞬思ったけれどーー


「う、うん。楽しかった」


そう答えるしか出来なかった私は臆病者だろうか。


自分は間違ってない。自信を持っていい。

そう思うのに、いざ本当のことを話そうとしたら、言葉が出てこなかった。

目の前の優香さんがあまりに自信に満ちた表情をしているからだろうか、彼女が正しいことを言っているような気がしてしまったのだ。


出会ってからの月日が圧倒的に違うのは、揺るがない事実でもあるから……。


結局、本当のことは何も言えないままホテルを後にした。
その後も翔君とは、買い物をしたり食事をしたりと夜まで一緒に過ごしたけれど、優香さんとの一件は何も話せなかった。



「はあー」

自室のベッドにうつ伏せになりながら、深い溜め息を吐いた。


翔君の気持ちを疑ったことなんて一度もなかった。今だって、別に疑っている訳ではない。

だけど、翔君と優香さんとの、私の知らない〝見えない絆〟をこんなにも不安に感じるなんて思わなかった。


優香さんは翔君のことを好きみたいだけど、翔君は優香さんのことをどう思っているのだろう。
恋愛対象として見ていないのは確かだろうけど、かと言って嫌ってはいないよね。

優香さんはとても可愛らしくて、本性はともかく翔君の前ではおしとやかで笑顔が素敵な完璧な女性に見える。

翔君は、何で優香さんのことを好きにならなかったのだろう。というか……


そもそも何で、私を好きになってくれたのだろう。

確か以前も、その理由を彼に尋ねたことがある。
でも、『そのうち』と言われたきり、結局教えてもらっていない。
こっちから答えを催促するのも変な話だし……。
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