俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
「し、仕事とプライベートは別です」

「もちろん、だがそれも時と場合によるだろ?」

完璧な容貌がグッと至近距離に迫る。


さら、と漆黒の髪が私の額に落ちる。

近づく距離に瞬きもできなくなる。


「……やっぱり可愛いな」

呟くような声に耳を疑う。


瞬時にカッと頬に熱がこもり下を向く。

この人の表情を直視できない。


「離れてください」

「嫌だと言ったら?」

腕の囲いをひとつ解放して、骨ばった指が頬を撫でる。

そっと微かに耳に指が触れてピクリと肩が跳ねる。

胸がざわめいて落ち着かない。


「……困ります」

「困らせたくはないが、真剣に悩んでほしい。お前は信じないだろうけど、俺の覚悟はそんなに簡単なものじゃない」

表情が見えない分、焦燥感を孕んだ声に正解を見失う。

こんなにも誰かに求められた経験はなく、対処の仕方が情けないくらいにわからない。


「副社長はあくまでも副社長で……夫だなんて想像できませんし、考えられません」

夫、という単語を口にするのも緊張した。

縁のない言葉は使いにくいし、恥ずかしい。


それでもできるだけ正直な気持ちを述べる。

この人がもし真摯な気持ちで私に向き合おうとしてくれているなら私もきちんと応えるべきだから。


心の奥底に芽生えかけた想いには必死で蓋をする。

そんなのは気づきたくないし、これから先も知りたくない。


「今は、だろう? 未来はわからない」

泣きたくなるくらいに優しい仕草で、頬近くの髪が梳かれる。

ツキンと胸に広がる甘い痛み。


こんなにも優しい手つきで誰かに触れられた覚えはない。

その仕草がまるで壊れ物を扱うかのように繊細で、胸がいっぱいになる。
< 75 / 221 >

この作品をシェア

pagetop