キミと歌う恋の歌
胸の鼓動を早くしながら、4人の後ろを歩いていると、突然すぐ前を歩いていた市川さんが振り返った。


「嫌なの?」


「え?」


「ファミレス」


「あ、いや全然、」


「そう」


つい衝動的に否定すると、市川さんは頷いてまた前を向いてしまった。


また失敗だ。


市川さんは毎日1回は私に話しかけてくれる。
だけど私の圧倒的なコミュニケーション能力不足のせいで全く会話が続かない。
気の利いた返しが一切できず、3回ラリーが続けばいい方だ。


市川芽瑠さん
誰もが認める超絶美少女。
だけど彼女には謎が多い。

市川さんは基本レオ、タカさん、津神くん以外には一切心を開いていない。
学校では基本レオと共に行動していて、1人でいることが滅多にない。
そのため必然的に誰かに話しかけられても隣にいるレオが応対することになり、市川さんは喋らない。

男子と女子が一緒に行動することが"普通ではない"と考えられやすい高校という閉鎖的な環境の中で、レオと市川さんが常に一緒にいることはその顔面偏差値の高さからあまり違和感なく受け入れられている。
だけどやっぱり中には嫉妬や悪意に満ちた言葉を放つ人もいて、市川さんのことを男好きだとかビッチみたいな言葉で陰で攻撃している女子や「正直女子と常に一緒にいるの面倒だよなー」と話している男子を見たこともある。
陰では彼女は生徒たちに"フランス人形"と呼ばれているらしいが、それは単純にフランス人形のような容姿というだけではなく、会話のできないお人形という意も込められているらしい。


だけど、レオは市川さんが常にピタリと横に付いて行動することを嫌がるそぶりを見せたことはこの1週間では一度もないし、これまでもなさそうだ。
小競り合いや口喧嘩をよくしているけど、市川さんのわがままもなんだかんだ受け入れている。

タカさんが言っていたことを思い出せば、そこには何か事情があるんだろうと思う。


偏見でしかないが、アイドル級に容姿の整った市川さんがこれほどまでに人と関わることを拒否しているのは少し不自然だ。
幼い頃から各方面から羨望の眼差しを受け、賞賛を浴びてきた私の姉は常にはつらつとした表情を見せ、誰に対してもニコニコと笑いかけ、周りに愛されている。
これまで出会ってきた他の可愛い子たちも基本みんな明るくて人付き合いもそつなくこなしていた。

私に知る由もないけれど、何か過去に市川さんをそうさせてしまう何かがあったのかもしれない。



そしてそんな市川さんがきっと不本意ながらも私なんかに話しかけてくれるというのに私という出来損ないはろくに会話もできない。


ハーフツインに結われた市川さんの髪が揺れるのを見ながら、自分の不甲斐なさにため息をついた。


ファミレスは音楽スタジオからだいたい徒歩5分のところにあった。
お昼真っ只中だったので店内は混み合っており、少しだけレジの前で待たされた後でテーブル席に案内された。


待たされている間は同じく席が開くのを待っている人たちの視線が痛かった。
レオ、市川さん、津神くんの容姿は学校だけで騒がれるほどのレベルではない。一人ひとりが突き抜けて整っているのにそれが3人も集まっているのだ。
ファミレスでただ待っているのも、席に案内されている姿もサマになっていて、周りがざわめいているのがよくわかる。
私以外のみんなも気づいているはずだが、もうこんな雰囲気は手慣れたものなのだろう。
気にするぞぶりは一切ない。


席に通されてからはメニューや設備が物珍しくてみっともなくもキョロキョロと忙しなく辺りを見回していた。
注意深くメニューを確認すると、いくつか私の500円玉でも食べれそうなものがあって安心して胸を撫で下ろした。


「呼ぶぞー?」


タカさんが確認して、壁際に置いてあるドーム上の機械の中央を押すと、呼び鈴が鳴り、しばらくして店員がきた。


みんなが口々にメニューを言っているのにならって私もメニューを指さして注文した。


「ポテト…でお願いします」


「い、以上でよろしいですか?」


言い終わると、店員さんは動揺したようにそう言った。



何かおかしかっただろうか。


焦ってメニューと店員さんの顔を見比べていると、横に座っているレオに「それだけでいいのか?」と聞かれた。


ポテトだけ頼むのはおかしかったんだろうか。確かにみんなは定食だとかセットとかを頼んでいた。でも500円できっかり足りてお腹が満たせそうなのはこれしかない。


「う、うん。これで…」


仕方なく頷くと、店員さんは全員分の注文を復唱して確認して厨房の方へ帰って行った。


「ポテトだけで足りるか?もしかして金あんま持ってきてなかった?」


タカさんが心配そうに聞いてきた。


また気を遣わせてしまっている。
頭を抱えそうになりながら、めいいっぱい頭を張って大丈夫ですと笑って見せた。


タカさんはそうかと言って、空気を変えるように学校の他愛のない話を始めたが、私はその空気に馴染めなかった。


「ちょっと、お手洗いに行ってきます」


つい瞳が潤んでしまって気持ちを切り替えようとそれだけ言って席を立った。


< 71 / 155 >

この作品をシェア

pagetop