キミと歌う恋の歌
お手洗いを出ると、津神くんが数歩歩いた先の壁にもたれかかっていた。
視線を上げ、その真っ黒な瞳が私を捉えた時、ああ怒っていると反射的に感じた。
「ちょっと来いよ」
低い声色でそう言われ、思いは確信に変わった。
津神くんは常に無表情だ。
学校でも、バンドメンバーでいるときも、何を言われても何をする時も表情が一切変わらない。
レオやタカさんからももっと表情筋を使えとよく言われているし、学校の子達もメンタルの強いファンの女の子たち以外はこの真顔が怖くて滅多に津神くんには近づかない。
が、私に対しては少しばかり様子が違っている。
目が合えば嫌なものを見たと言わんばかりに眉を顰めるし、レオに私とセットでの練習を指示されるとわかりやすく真一文字に結ばれていた口がへの字に変わる。
たぶんあまり喜ばしいことではないが、私と接する時は彼はイラついた表情を見せずにはいられないらしい。
そして今も彼の切れ長の目は私を睨みつけているし、表情から怒りの文字が見て取れる。
そんな彼から逃れられるわけもなく、外へ出るドアの方へ向かう津神くんに続き、とぼとぼと歩くしかなかった。
外へ出ると津神くんはパッとこちらを振り向き、開口一番に言った。
「お前の顔がむかつくんだよ」
容姿のことで貶させるのには慣れているが、家族以外に面と向かってはっきり言われたのは初めてで少しばかり胸が痛んだ。
整形でもしない限りこの顔のことはどうにもならない、がとにかく不快にさせているのなら謝るしかない。
「すみません」
「勘違いすんな、お前の容姿のことなんてどうだっていいんだよ。
俺が言いたいのはその自分が世界で一番不幸だ見たいなツラをやめろって言ってんだよ。
金がないならバイトでもすればいいだろ、どんな事情があるのか知らないけど、やるって決めたなら周りに気遣わせんなよ。
本当にお前を見てたらイライラする」
津神くんが立て続けにこんなに喋るのは初めて見た。
あまり喜ばしい状況ではないけれども。
津神くんは常に無表情だし、感情を表に出すことはほとんどない。
でもだからと言って、情のない人間というわけでは全くない。
1週間近くで見てきて、彼は誰よりもバンドメンバーのことを大事に思っているのがわかった。
それは言葉のちょっとした端々とか目線とか、小さなところで気付かされる。
そんな風に大事に思っているからこそ、そこを無遠慮に踏み荒らしている私が腹立たしいのだろう。
彼は頭もいいし常に合理的だ。間違ったことは言わない。
私の歌唱力のことはなんだかんだ認めてくれている、その上で私の態度が許せないのだ。
今言われたことは全て正しい。
「すみません、本当にすみません迷惑しかかけられなくて」
とにかく謝罪の言葉を口にしてみるけど、じゃあその後何と続ければいい?
気をつけますと言ったって彼はどうやって、何に気をつけるんだと聞き返すだろう。
そしたら私は何と返せばいい?
今のままじゃ宙ぶらりんの返答しかできない。
結局私はここで変わってみせると決意したけど、自分の勝手な決意表明だけでは何も変わらないのだ。
あの家に囚われている限り私はがんじがらめだ。
押し黙っている私をただひたすらに津神くんが睨みつけるという構図がしばらく続いたところで、ファミレスのドアが開いた。
「何してるの?」
ドアから顔を覗かせたのは市川さんだった。
市川さんは怪訝な顔で私と津神くんを見比べて、少し怒った顔を見せた。
「またソウジが何か嫌なこと言ったの?」
「い、いや全くそんなことはないです」
つい反射的に私が否定すると、津神くんは小さく舌打ちをして市川さんと入れ替わるようにして中に戻ってしまった。
「ちょっ、ちょっとソウジ!待ちなよ」
慌てて呼び止めようとする市川さんだったが、完全にドアが閉まったところで諦めたように肩を落とした。
「な、何か嫌なこと言われたの?」
「いや本当に何も、あの、バンドのことで相談してただけです」
こんなこと言ったら津神くんに余計なことすんなと怒られてしまうだろうか。
だが、他の3人のことを思ってはっきり正論を言ってくれた津神くんのことを悪いようには言えなかった。
「すみません、呼びにきてくださったんですか?」
2人で突然消えたのだから不審に思うのも当然だ。
申し訳ないと謝ろうと思ってそう問いかけると、市川さんは顔をブンブンと振った。
「話があるの」
突然放たれたその言葉につい心の中で呻き声を上げてしまった。
もしかして津神くんと同じ内容だろうか。
至って正論なのだが、やっぱり改めて言葉にされると心苦しいものがある。
一旦気を抜いてしまったので、また気を引き締めて向き合わねばと思って背筋を正したが、市川さんの様子はなんだかおかしかった。
緊張でもしているかのようにそわそわと手や指を動かしている。
「あの、どうか」
しましたか、そう言い終わらないうちに市川さんは口を開いた。
「わ、私と」
その時、背後から大きな甲高い声が響いた。
「あれー!」
今日は立て続けに人が登場するなあと思いながら、後ろを振り向くと、ファミレスの前の道に同い年くらいの女の子たちが5,6人こちらを指差して立っていた。
言うまでもないが私は同年代の友達なんて1人もいない。市川さんの友人の方だろうかと予想しながら、市川さんの方を見ると見たこともない表情をして立っていた。
顔は青ざめ、目は大きく見開かれ、唇は微かに震えていた。
その様に驚きすぎて動きを止めている間に、彼女たちは市川さんを取り囲んでいた。
「ねー久しぶりじゃん芽瑠!元気してた?」
「相変わらずこんな髪型で男たぶらかしてんのー?うける」
市川さんのすぐ隣で肩に腕を回す女の子がハーフツインを指で無造作に揺らしながら言った。
その後も他の女子たちが続けて捲し立てるように話し、そんなハイスピードな会話をする機会が滅多にない私は最初は唖然としていたが、途中からなんだか穏やかな会話ではないことに気づいた。
中央にいる市川さんは顔面蒼白だし、誰とも目を合わさずに下を向いている。
市川さんを取り囲む女子たちの表情を私は知っていた。
あれは親しい友人に向けるものではなくて、誰かを虐げてやろうという表情だ。
だけどそれが自分ではなく他人に向けられている状況に出会うのは初めてで、何もできずに呆然としていると、肩に腕を回していた子がちらりとこちらを見て目が合った。
「ねえ、貴方芽瑠の友達?」
「え、や、」
「辞めた方がいいよー私ら中学が一緒なんだけどさ、この子と友達になっても良いことひとつもないよ」
「そうそう、彼氏とか好きな人とか片っ端から取られちゃうよ〜この子人のモノ取るのが趣味なんだって」
「性格わるーい、良いのは顔面だけかよってな」
「まあでもこのメガネちゃん彼氏とかいそうな雰囲気ないしいいコンビなんじゃない?」
目の前で口々に悪意で満ちた言葉を交わされる。
市川さんの表情をふと見ると、今にも涙がこぼれそうなほどに瞳は潤んでいたが、必死に堪えるように唇を噛み締めていた。
ああ、そうか、
彼女が他人を拒絶する理由がほんの少しだけわかった気がする。
「人違いじゃ、ないですか?」
「はあ?」
それまで軽快だった口ぶりが途端に怒りを隠さない声色になったのがはっきりわかった。
でもここで怯んだらダメだ。
「い、市川さんは優しいです。こんな私のことを気にかけてくれて、ウォークマンも貸してくれたし、話しかけてくれるし。人と喋ってるところはあんまり見たことないですけど、でも誰かを傷つけてるところを見たことは絶対にない。
私はまだ知り合って少ししか経ってないですけど、市川さんはそんな、人を傷つけて楽しむような人じゃないと思います。
だ、だから貴方達が言っているのは勘違いか、人違いじゃないですか?」
「…何この陰キャブス」
私の一世一代の演説に1人の女の子が低い声でボソッと言ってこちらに詰め寄ってきた。
私のことは殴ってもなじっても構わない。
こちらはそんなの慣れている。
私を睨む瞳から目を逸らさず見つめ返すと、
「女子が喧嘩すんなよーみっともないぞー」
道路の方から男性の声と笑い声が飛んできた。
見ると信号待ちの車に乗った一回りくらい年上の男性たちがこちらを見てニヤニヤと笑っている。
女の子たちは気まずそうに顔を見合わせると、しばらくして小言を言いながら立ち去っていった。
助かった、、
胸を撫で下ろしていると、市川さんが力の抜けたようにその場に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
市川さんは至って気丈に振る舞い、何でもないように手の甲で雑に目を何回か擦った。
市川さんとあの子たちの間に何があったのか知らないし、私には知る権利もない。
だけど市川さんはずっとこうやって耐えてきたのだろう。
唇をかみしめて涙を雑に拭き取って、何でもない顔で耐えてきたんだろう。
その姿に恐れ多くも幼い頃の自分を重ねてしまった。
「ありがとう」
「え?」
「私のことあんな風に言ってくれて、嬉しかった。あんなの言われたことなかったから」
「いや、あのもっと良いことが言えたらよかったんですけど、私バカで語彙力もないから大したこと言えなくて」
お礼を言われるなんて予想もしてなかったので、慌てふためきながらそう返すと、呆れたように笑われた。
「さっき話があるって言ったでしょ」
立ち上がりながら市川さんが言った。
「う、は、はい」
怒られるんだろうなと予想しながら私も続いて立ち上がると、市川さんは私の手を取った。
そしてぎゅっと握って言った。
「私と友達になってくれないかな」
「…へ?」
思っても見なかった言葉に素っ頓狂な声をあげる。
「ずっと言いたかったんだけど、勇気が出なくて」
「ええええわ、私なんかと、友達?」
ダメだ、一瞬私の思う友達の型に市川さんと私を当てはめてみたがどう考えても変だが、市川さんは続けて話す。
「ずっと女の子の友達が欲しかった。
でも私は、その、すぐ嫌われちゃうからもう無理だって諦めてた。
でも貴方なら、ア、あ、アイなら本当の友達になれるんじゃないかって思って、
嫌ならいいよ断って」
顔を真っ赤にして話し、最後には不貞腐れたような表情を見せる市川さんは私が知っている市川さんのイメージとは大きくかけ離れていた。
もしかしてこれが素なんだろうか。
「あの、嫌なんてそんなはずないです。私なんかが市川さんと友達なんて光栄です。
でもその、」
「何?」
「私、友達なんてできたことないので、嫌な思いさせちゃうかもしれないです」
「そんなの私の方が意地悪でわがままだから嫌な思いさせちゃうよきっと。でもその度に仲直りしよう。
私はアイと友達になりたいの」
魔法の効き目は早かった。
明日は朝一番に教頭先生に報告したい。
友達ができたんだって。
視線を上げ、その真っ黒な瞳が私を捉えた時、ああ怒っていると反射的に感じた。
「ちょっと来いよ」
低い声色でそう言われ、思いは確信に変わった。
津神くんは常に無表情だ。
学校でも、バンドメンバーでいるときも、何を言われても何をする時も表情が一切変わらない。
レオやタカさんからももっと表情筋を使えとよく言われているし、学校の子達もメンタルの強いファンの女の子たち以外はこの真顔が怖くて滅多に津神くんには近づかない。
が、私に対しては少しばかり様子が違っている。
目が合えば嫌なものを見たと言わんばかりに眉を顰めるし、レオに私とセットでの練習を指示されるとわかりやすく真一文字に結ばれていた口がへの字に変わる。
たぶんあまり喜ばしいことではないが、私と接する時は彼はイラついた表情を見せずにはいられないらしい。
そして今も彼の切れ長の目は私を睨みつけているし、表情から怒りの文字が見て取れる。
そんな彼から逃れられるわけもなく、外へ出るドアの方へ向かう津神くんに続き、とぼとぼと歩くしかなかった。
外へ出ると津神くんはパッとこちらを振り向き、開口一番に言った。
「お前の顔がむかつくんだよ」
容姿のことで貶させるのには慣れているが、家族以外に面と向かってはっきり言われたのは初めてで少しばかり胸が痛んだ。
整形でもしない限りこの顔のことはどうにもならない、がとにかく不快にさせているのなら謝るしかない。
「すみません」
「勘違いすんな、お前の容姿のことなんてどうだっていいんだよ。
俺が言いたいのはその自分が世界で一番不幸だ見たいなツラをやめろって言ってんだよ。
金がないならバイトでもすればいいだろ、どんな事情があるのか知らないけど、やるって決めたなら周りに気遣わせんなよ。
本当にお前を見てたらイライラする」
津神くんが立て続けにこんなに喋るのは初めて見た。
あまり喜ばしい状況ではないけれども。
津神くんは常に無表情だし、感情を表に出すことはほとんどない。
でもだからと言って、情のない人間というわけでは全くない。
1週間近くで見てきて、彼は誰よりもバンドメンバーのことを大事に思っているのがわかった。
それは言葉のちょっとした端々とか目線とか、小さなところで気付かされる。
そんな風に大事に思っているからこそ、そこを無遠慮に踏み荒らしている私が腹立たしいのだろう。
彼は頭もいいし常に合理的だ。間違ったことは言わない。
私の歌唱力のことはなんだかんだ認めてくれている、その上で私の態度が許せないのだ。
今言われたことは全て正しい。
「すみません、本当にすみません迷惑しかかけられなくて」
とにかく謝罪の言葉を口にしてみるけど、じゃあその後何と続ければいい?
気をつけますと言ったって彼はどうやって、何に気をつけるんだと聞き返すだろう。
そしたら私は何と返せばいい?
今のままじゃ宙ぶらりんの返答しかできない。
結局私はここで変わってみせると決意したけど、自分の勝手な決意表明だけでは何も変わらないのだ。
あの家に囚われている限り私はがんじがらめだ。
押し黙っている私をただひたすらに津神くんが睨みつけるという構図がしばらく続いたところで、ファミレスのドアが開いた。
「何してるの?」
ドアから顔を覗かせたのは市川さんだった。
市川さんは怪訝な顔で私と津神くんを見比べて、少し怒った顔を見せた。
「またソウジが何か嫌なこと言ったの?」
「い、いや全くそんなことはないです」
つい反射的に私が否定すると、津神くんは小さく舌打ちをして市川さんと入れ替わるようにして中に戻ってしまった。
「ちょっ、ちょっとソウジ!待ちなよ」
慌てて呼び止めようとする市川さんだったが、完全にドアが閉まったところで諦めたように肩を落とした。
「な、何か嫌なこと言われたの?」
「いや本当に何も、あの、バンドのことで相談してただけです」
こんなこと言ったら津神くんに余計なことすんなと怒られてしまうだろうか。
だが、他の3人のことを思ってはっきり正論を言ってくれた津神くんのことを悪いようには言えなかった。
「すみません、呼びにきてくださったんですか?」
2人で突然消えたのだから不審に思うのも当然だ。
申し訳ないと謝ろうと思ってそう問いかけると、市川さんは顔をブンブンと振った。
「話があるの」
突然放たれたその言葉につい心の中で呻き声を上げてしまった。
もしかして津神くんと同じ内容だろうか。
至って正論なのだが、やっぱり改めて言葉にされると心苦しいものがある。
一旦気を抜いてしまったので、また気を引き締めて向き合わねばと思って背筋を正したが、市川さんの様子はなんだかおかしかった。
緊張でもしているかのようにそわそわと手や指を動かしている。
「あの、どうか」
しましたか、そう言い終わらないうちに市川さんは口を開いた。
「わ、私と」
その時、背後から大きな甲高い声が響いた。
「あれー!」
今日は立て続けに人が登場するなあと思いながら、後ろを振り向くと、ファミレスの前の道に同い年くらいの女の子たちが5,6人こちらを指差して立っていた。
言うまでもないが私は同年代の友達なんて1人もいない。市川さんの友人の方だろうかと予想しながら、市川さんの方を見ると見たこともない表情をして立っていた。
顔は青ざめ、目は大きく見開かれ、唇は微かに震えていた。
その様に驚きすぎて動きを止めている間に、彼女たちは市川さんを取り囲んでいた。
「ねー久しぶりじゃん芽瑠!元気してた?」
「相変わらずこんな髪型で男たぶらかしてんのー?うける」
市川さんのすぐ隣で肩に腕を回す女の子がハーフツインを指で無造作に揺らしながら言った。
その後も他の女子たちが続けて捲し立てるように話し、そんなハイスピードな会話をする機会が滅多にない私は最初は唖然としていたが、途中からなんだか穏やかな会話ではないことに気づいた。
中央にいる市川さんは顔面蒼白だし、誰とも目を合わさずに下を向いている。
市川さんを取り囲む女子たちの表情を私は知っていた。
あれは親しい友人に向けるものではなくて、誰かを虐げてやろうという表情だ。
だけどそれが自分ではなく他人に向けられている状況に出会うのは初めてで、何もできずに呆然としていると、肩に腕を回していた子がちらりとこちらを見て目が合った。
「ねえ、貴方芽瑠の友達?」
「え、や、」
「辞めた方がいいよー私ら中学が一緒なんだけどさ、この子と友達になっても良いことひとつもないよ」
「そうそう、彼氏とか好きな人とか片っ端から取られちゃうよ〜この子人のモノ取るのが趣味なんだって」
「性格わるーい、良いのは顔面だけかよってな」
「まあでもこのメガネちゃん彼氏とかいそうな雰囲気ないしいいコンビなんじゃない?」
目の前で口々に悪意で満ちた言葉を交わされる。
市川さんの表情をふと見ると、今にも涙がこぼれそうなほどに瞳は潤んでいたが、必死に堪えるように唇を噛み締めていた。
ああ、そうか、
彼女が他人を拒絶する理由がほんの少しだけわかった気がする。
「人違いじゃ、ないですか?」
「はあ?」
それまで軽快だった口ぶりが途端に怒りを隠さない声色になったのがはっきりわかった。
でもここで怯んだらダメだ。
「い、市川さんは優しいです。こんな私のことを気にかけてくれて、ウォークマンも貸してくれたし、話しかけてくれるし。人と喋ってるところはあんまり見たことないですけど、でも誰かを傷つけてるところを見たことは絶対にない。
私はまだ知り合って少ししか経ってないですけど、市川さんはそんな、人を傷つけて楽しむような人じゃないと思います。
だ、だから貴方達が言っているのは勘違いか、人違いじゃないですか?」
「…何この陰キャブス」
私の一世一代の演説に1人の女の子が低い声でボソッと言ってこちらに詰め寄ってきた。
私のことは殴ってもなじっても構わない。
こちらはそんなの慣れている。
私を睨む瞳から目を逸らさず見つめ返すと、
「女子が喧嘩すんなよーみっともないぞー」
道路の方から男性の声と笑い声が飛んできた。
見ると信号待ちの車に乗った一回りくらい年上の男性たちがこちらを見てニヤニヤと笑っている。
女の子たちは気まずそうに顔を見合わせると、しばらくして小言を言いながら立ち去っていった。
助かった、、
胸を撫で下ろしていると、市川さんが力の抜けたようにその場に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
市川さんは至って気丈に振る舞い、何でもないように手の甲で雑に目を何回か擦った。
市川さんとあの子たちの間に何があったのか知らないし、私には知る権利もない。
だけど市川さんはずっとこうやって耐えてきたのだろう。
唇をかみしめて涙を雑に拭き取って、何でもない顔で耐えてきたんだろう。
その姿に恐れ多くも幼い頃の自分を重ねてしまった。
「ありがとう」
「え?」
「私のことあんな風に言ってくれて、嬉しかった。あんなの言われたことなかったから」
「いや、あのもっと良いことが言えたらよかったんですけど、私バカで語彙力もないから大したこと言えなくて」
お礼を言われるなんて予想もしてなかったので、慌てふためきながらそう返すと、呆れたように笑われた。
「さっき話があるって言ったでしょ」
立ち上がりながら市川さんが言った。
「う、は、はい」
怒られるんだろうなと予想しながら私も続いて立ち上がると、市川さんは私の手を取った。
そしてぎゅっと握って言った。
「私と友達になってくれないかな」
「…へ?」
思っても見なかった言葉に素っ頓狂な声をあげる。
「ずっと言いたかったんだけど、勇気が出なくて」
「ええええわ、私なんかと、友達?」
ダメだ、一瞬私の思う友達の型に市川さんと私を当てはめてみたがどう考えても変だが、市川さんは続けて話す。
「ずっと女の子の友達が欲しかった。
でも私は、その、すぐ嫌われちゃうからもう無理だって諦めてた。
でも貴方なら、ア、あ、アイなら本当の友達になれるんじゃないかって思って、
嫌ならいいよ断って」
顔を真っ赤にして話し、最後には不貞腐れたような表情を見せる市川さんは私が知っている市川さんのイメージとは大きくかけ離れていた。
もしかしてこれが素なんだろうか。
「あの、嫌なんてそんなはずないです。私なんかが市川さんと友達なんて光栄です。
でもその、」
「何?」
「私、友達なんてできたことないので、嫌な思いさせちゃうかもしれないです」
「そんなの私の方が意地悪でわがままだから嫌な思いさせちゃうよきっと。でもその度に仲直りしよう。
私はアイと友達になりたいの」
魔法の効き目は早かった。
明日は朝一番に教頭先生に報告したい。
友達ができたんだって。