Stockholm Syndrome【狂愛】


「……チアキなんて、僕は知らない」


「嘘。……前、言ってたのに」


「君には関係ない」


「じゃあなんで、この前……」


「うるさいな。知らないってば」


「でも、あなたが」


「うるさいうるさいうるさい!!黙れ!!」


彼女の声に耳を塞ぐ。


どうして沙奈の口から、チアキの名前が出てくるんだよ。


君の口から、あんな……あんな奴のこと、聞きたくなんてないのに。


沙奈は口を閉じ、部屋の中に流れ出したのはさっきまでとは一転した気持ちの悪い空気。


あぁ……なんで?


冷や汗が身体中から噴き出してくる。


なんで沙奈が、チアキを……。


「……チアキのこと、なんで知りたいんだよ」


自分から出た声はいつもより低く、それが僕自身の声だとは思いたくなかった。


空調が効いているはずの部屋に外の冷気が漏れ出して、風邪をひいた時に見る悪夢のような気分で。


「……だって」


何かを言いあぐねて、沙奈は口を閉ざす。


紙に水が滲むかのごとくよみがえるのは、黒いもやに覆われた二年間の記憶だった。


——彼女が僕から離れなければ何だってよかった。


だから、だから僕は……。


鈍く痛み始めた頭を押さえ、沙奈を見やる。


彼女はしばし口ごもった後、とつりと、言葉を紡いだ。


「……あなたのことを、知りたいから」


「……え?」


僕は沙奈を凝視する。


「あなたのことが、知りたかったから」


沙奈は二度、繰り返した。


……沙奈が僕のことを?


……沙奈が?


「どうして……」


「ねえ。……教えて」


沙奈の声が、脳を侵食していくようで。


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