Stockholm Syndrome【狂愛】
「……どうして?前も言ったじゃないか、僕は顔を見られるのが……」
僕自身の声帯から絞り出した声は、どこか震えているように思えた。
どうして僕は、こんなにも震えているのだろう。
僕は震えている、なぜ?
足に絡む髪。
急激にやってきた息苦しさに胸を押さえる。
白い部屋の壁が徐々に赤く染まっていくような気がして、慌てて目を閉じる。
……この悪寒は、いったい。
「それに、もし手錠を外したら、君は……」
「……なの」
「……え?なんて……」
彼女は口を開く。
沙奈の鈴を転がすような声が、動揺する僕の耳に入った。
「好きなの、わたし。あなたのことが」
――二人きりの部屋に響く。
僕らのことを第三者の目で見ているようだった。
うろたえる僕と、微かに金属の音を鳴らして立ち上がる沙奈。
「……嘘なんだろ?」
息が詰まり、口を突いて出たのは、思ってもいない言葉だった。
「……僕のことが?」
薄ぼんやりと部屋に白いモヤが漂い始めたのは、僕の目に映る幻なのか否か。
思考が追いつかない。沙奈は僕が……。
「好き。だからお願い、これを外して。
わたし……あなたに触れたい」
沙奈の声が僕の脳に染み込んでいく。
……なんで、突然、沙奈は。
「……嘘だ。だって僕は……」
君を、誘拐したのに。
沙奈が唇を噛んだ。
僕は手の震えを止めるために、自分自身に必死に言い聞かせようとする。
落ち着け、ぼく。
きっと嘘だ。
けれど、もし、本当なら?
「……それでも、あなたを好きになった。
わたし、あなたの顔が見たい」
心臓が跳ね上がる。
沙奈の言葉を、僕は信じてもいいのだろうか。
沙奈は僕を……愛してくれるのだろうか。
頭の中が真っ白になっていく、そんな感覚が身体中を蝕んでいきそうになる。