恋を忘れたバレンタイン
「ありがとう。風邪引いたみたいね。体調管理も出来ないようじゃ、上司失格よね」

彼に抱えられるようにエレベーターの前まで行く。私は、気合を入れ鞄を受け取ろうとしたが、彼は鞄を渡してくれなかった。


「主任。俺、タクシー拾いますから……」


「そんな…… 迷惑かけられないわよ」

 私はそう言ったが、彼は何も言わない。

 黙ったままエレベーターに乗り込み、二人だけを乗せたエレベーターの中は沈黙のまま下へと降りていく。

 なんだか息苦しいのは、熱のせいなのだろうか?


 エレベータを降り、社員の通用口まで行くと、入り口の影から顔出した女子社員と目があった。すぐに、彼を待っていたのだと分かった。手には薄い紫の紙袋を手にしている。お昼の時の総務の子とは違うようだ。

 流石の私も、自分が邪魔だと気付く。

 彼が、彼女へ目を向けた瞬間、鞄を奪い取った。


「ありがとう。助かったわ」

 そう言うと、残りの体力を振り絞って早足でその場を去った。

 やはり、彼女に捕まった彼は何やら話している。そのすきに、駅までの道を歩きだした。だが、外に出た瞬間、ぞぞっと寒気がして体が震える。


 やばい、やっぱりタクシーにしようと思った瞬間、体の力が抜けていく。

 フラフラとタクシー乗り場に向かおうとしたが、力が入らず、近くのベンチに腰を下ろそうとした。

 その途端、体がふわっと浮いた感覚に顔を上げた。
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