恋を忘れたバレンタイン
 朝から、部屋のあちこちで、いつもと違う弾んだ声が聞こえてくる。義理チョコのお返しでさえも浮だっている。
 本命のお返しを待つ女の子達は、落ち着かないだろうなどと考えていた。


「主任、お返しでーす」

 渡辺君が、袋の中からクッキーを一つ机の上に置いた。


「あら、ありがとう。気を使わなくて良かったのに……」

 私は、クッキーを手にお礼を言った。


「えへっ。お返しするのも楽しいもんですよ?」


「へえ…… そうなの?」

 私には、良く分からないが、ありがたくクッキーを頂いた。


「主任…… これ……」

 と、私の目の前に差し出されたのは、薄い紫色の包だ。
 差し出された先を見ると、佐々木さんがニコニコと包を差し出していた。

 佐々木とは、後一年ほどで定年になる、数か月前に私の島に異動になった男だ。あまり目立つ事もなく、怒る事もない。仕事に時間がかかるが、丁寧で確実であり信頼できる。
 ただ、のほほんとした印象に、出世も逃してしまったのかもしれない……


「佐々木さん…… こんなご丁寧な物を頂けませんよ……」


「いいえ…… こんな私でも、美人で素敵な上司から、チョコを頂ければ嬉しい物なんですよ?」


「そう言われても……」


 私が躊躇していると、佐々木は面白い事を口にした。
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