恋を忘れたバレンタイン
「もらってやって頂けませんか？　妻の手作りなんです……」

　佐々木は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。


「えっ？　奥様の？」


「はい。毎年、バレンタインのチョコを妻と楽しみにしているんです。受け狙いの物や、品のあるもの。妻がチョコ食べながら言うんです。どの女の子達も、毎日仕事して、色んな思いを抱えて生きているんだろうって。
　チョコを見ながら、彼女達を想像しながらお返しを楽しみに考えているんです」


「そうなんですか？　私は、ずっと義理チョコのお返しは大変だと思っていました」


「確かに、そういう人もいるかもしれませんね……　でも、我が家には、楽しみなイベントです。今年は、ハンカチだそうです」


　私は、佐々木から包を受け取った。そっと、包を広げる。中から、薄い紫に白いカスミソウの刺繍がしてある。


「妻が、主任からもらったチョコを口にして言ったんです。相手が喜ぶ事を考え、それでいて気を使わせない人じゃないかって。きっと、凛々しくて素敵な女性だろうからと、この刺繍にしたらしいです」


「えっ。私は、そんな人間じゃないです。こんな、柔らかいイメージは持っていませんよ」


「いいえ、主任は、お優しいい方です」

　佐々木は、そう言ってほほ笑むと自分の席へと向った。

　
「あの……　奥様によろしくお伝えください。大切に使わせていただきます」

「はい」

　佐々木は、机に書類を広げた。
< 60 / 114 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop