Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
確かにまだ出逢ってひと月余りの赤の他人に、個人情報がたんまり詰まっているであろうスマートフォンは預けないだろう。

莉子は小さく頷いて、それらを受け取っていた。

「花村さん」

呼ばれて、莉子は藤堂を見上げていた。

「待ってますよ、ちゃんと来てくださいね」

眩しい笑顔を、莉子はしっかり見る事が出来なかった。俯き、小さく「はい」とだけ答えるの精一杯だった。





今日も七時に目が覚めた。

いつもなら起きて身支度を始める時間だが、今日は起きなくていい、だから目覚ましもかけていなかったのに目が覚めてしまった。一度は目を固く閉じてベッドに潜った、でも眠気は来そうになかったので諦めて体を起こす。

着替えを済ませて、歯を磨き顔を洗った。

「──朝ご飯……」

昨日藤堂と作った残りがある、それをゆっくり味わって食べた。

「──なんか……」

呟いて天井を見上げる。

(……変なの。藤堂さんと朝ご飯を並んで作る方がおかしいのに、藤堂さんが来ないんだと思うだけで、なにか物足りないと思うなんて……)

しかも、あと何時間かで藤堂が営むレストランへ行かないといけないのだ。

少し味気なく感じる食事を、なんとか済ませて、それでもまだ時間があったので、パソコン部屋に向かった。

音楽はソフトを使って作る、電子ピアノもあってそれでも曲は作るが、半々くらいと言ったところか。

いつものように音楽作りを始めたが、自分でも判る、集中力がない。チラチラと時計を見ていた、針は二分と進まない。

音楽作成用とは別にあるノートパソコンに触れた、主にメールのやり取りに使っている。
検索エンジンを立ち上げ、『Le Bonheur(レ・ボナー)』と打ち込んでいた。

『フランス語で、幸福の意』

(幸福かあ……)

藤堂の店舗の名前である。

上から三番目に、『元町のカジュアル創作フレンチレストラン』の文字が出ていた。

口コミも多く、評判の店であることが判った。

『ランチでも予約した方が確実。特にディナータイムの予約は必須。空きがないこともないけど、待つのは覚悟で!』
『お忍びで来る芸能人もいる!』
『イケメンシェフが作る極上フレンチは、リピ確定!』

(ふふ、判る)

莉子は内心微笑む。そのイケメンシェフが、ただ一人莉子の為に食事を作っている現実に気付いてはいない。

営業はランチタイムが11時から14時まで。ディナーは17時から20時までとなっている。

(わ、やっぱり安くないじゃん)

目安料金は、昼間はワンプレートの1,200円から2,500円、但しアラカルトは有り。夜はコースのみで5,000円から20,000円、と書いてある。

(驕りって言ってたけど、一番安いコースかな……あ、アラカルトかも知れないのか)
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