Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
「お仕事、なにをしているんですか?」

何気ない質問に、莉子の心臓が跳ね上がる。

「え……あ……」

作詞作曲をしている、と言ってもいいのだが、それは『やらされている』感覚が拭えない。食べていくために作っているが、それを仕事だと思った事は正直なかった。

「え……っと……在宅で……」

無職だと答える訳にはいかない、内職のようにできる仕事を必死に考えた。

「パソコンを使って……あの、ホームページを作ったりとか、してます……」
「じゃあ、殆ど閉じこもり?」
「ええ……まあ……」
「──寝食も忘れて、一日中、パソコンに向かってます?」
「……はい……」

莉子は視線を彷徨わせて応えた。

「ふむ。じゃあ、少し外へ出る練習もしてみませんか?」
「え?」
「明日、俺の店に来てください」
「お、お店に……?」
「元町にあります、地図を書きましょう、書くものを貸してください」

言われて莉子は素直にパソコンがある部屋から、ボールペンとメモパッドを持ってきた。

「店の名前はLe Bonheur(レ・ボナー)です、二階なので見逃さないように」

藤堂は言いながら石川町駅からの地図を手際よく書き始める。

「あの、レストランに一人でなんて、行きたくないです……!」
「お友達を誘ってくれていいですよ、とりあえず二人分で予約しておきます」
「誘える友達なんて……」

中学二年からひきこりと言っていい状態だ、交友関係は家族で完結している。家族の誰かを誘えるだろうか……姉以外で。

「時間は何時がいいですか?」
「あの。でもフレンチなんて、お値段が……!」
「俺の驕りです」

地図を書いている藤堂は、目も合わせずに言う。

「ご希望の時間は?」
「いいです……自分でちゃんと作りますから……!」
「──食事も摂らずに、太陽も見ずにひきこもり、そんな状況は駄目だと言ってるんです。判りました、昼の十一時に来てください」
「えっ、そんな時間に……!」

藤堂はキッチンに両肘を置いた姿勢のまま、莉子を見上げた、切れ長の目に射抜かれて莉子は口を閉じる。

「朝起きる癖はついたでしょう?」

言われて莉子は俯いたまま首肯する。

「これを」

体を起こした藤堂は、地図と共に、ジーンズの後ろポケットからスマートフォンを取り出して、莉子に差し出した。

「……え?」
「明日、店にこれを返しに来てください」
「え……っ! 私、そんなに信用ないですか?」

言うと、藤堂はにこりと微笑んだ。

「信用があるから、こんなものを渡すんでしょう?」
「──ああ……」

藤堂の手にある地図とスマートフォンを見た。
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