Crazy for you ~引きこもり姫と肉食シェフ~
ついさっき電話で話をしたのに?とは思ったが、朝も昼も関係なく、連絡もなくやってくるのは香子くらいだ、呼び鈴もなくドアを開けるのも。
あと鍵を持っているのは田舎の両親だけである。
(集中したい時は、一人にしてほしいなあ……)
その為に、二人で住んでいたマンションから出て、新しいマンションを買ったのに。
溜息を吐くと、激しい音が空気を揺らした。
「な……!?」
ドアを叩いているようだ、いやこの激しさから言ったら殴るか、蹴っているのだろうか。
香子だと思っている莉子は、慌てて玄関へ向かった。
「香子! どうしたの!?」
激しく連打する音に、声が届いているとは思えなかった。
莉子はサンダルに足を通して、鍵を開けた、その音にようやく叩く音が止む。ほっとしたのも束の間、ドアは乱暴に外から開いた。
「きゃ……!」
もっともドアチェーンがかかっているので、ガンっと激しい音がしてドアは十センチ程開いたところで止まった。
思わずドアから一歩引き、身構える。
ドアの隙間から覗き込んだのは、長身で細身の男だった、莉子は見覚えのない男である。
興奮しているのか元々切れ長の目が更に吊り上がり怒っているようだ。前髪がさらりと流れた顔立ちは一瞬見惚れるほどの美丈夫だったが、むっと眉間に皴が寄ったのを見て、莉子は再び身構える。
男は舌打ちした。
「拓弥……女を連れ込むとは、いい度胸だな……」
低い声で言われて、莉子は慌てて首を左右に振る。
「たくやって、誰ですか……?」
「しらばっくれんなよ、おい! 拓弥、出て来い!」
部屋の奥に向かって声を張り上げた。
「たくやなんていませんっ」
「いいから、ここ開けろ! 鍵穴に何しやがった!?」
莉子はやっと合点がいく。
「あの、ここ、私の部屋です!」
違う部屋の鍵ならば、差すことも叶わないのだろう、それで男は怒り出したのだと判った。
「はあ!? 何を言って……!?」
「本当です、部屋番号、確認してくださいっ!」
ドアの脇に部屋の番号は印されている、それを指さすようにして言うと、男は怪訝そうに視線を上げた。
それが視界に入った途端、「あ」と言う顔になり、すぐに全ての怒りを解除する。
恥ずかし気に莉子を見下ろして微笑み、
「済みません、とんだ勘違いで……俺の部屋は、もうひとつ上でした」
さっきまでの怒りの表情と違って、優しく温和な笑みに莉子は簡単に警戒心を解いていた。
「いえ……判っていただけたなら……」
「本当に大変失礼しました」
何度も詫びて何度も頭を下げる男の姿がドアの向こうに消えた。
(上の階か……あんな格好いい人が住んでたんだ……)
新山下にある築三年の新しい大型マンションだが、正直隣に誰が住んでいるかもよく判らない。左右と下の階の部屋には挨拶に行ったが、ろくに顔も見てない、家族構成すら知らない。
大規模マンションなのに意外と人に会わないものだと思った、もっとも莉子は殆どを家の中で過ごしているので、会わないのも当然なのだが。
それからも黙々と仕事をし、とりあえずアイドルグループ向けの一曲は完成させた。メールでデータを送り、更にUSBメモリに保存してそれを事務所に送るのが手順だ。
メモリを外して電源を落とす。
明け方近くになってベッドに潜り込むのはいつもの事。夜中は静かだし電話も来客もないから仕事に集中できるので一年の殆どは昼夜逆転と言っていい生活だ。
ベッドに寝転ぶと、思わず天井を見つめてしまった。
そのコンクリートの向こう側に、あの男性がいると思うと、なんだかソワソワし始める。
(素敵な人……だったな……)
最初の印象こそ意味もなく怒っていて怖かったが。その後の溶けたような笑みを見せられて、莉子の心まで溶かされた。
小さな鼻歌が漏れた、気分がいいと音楽が溢れ出してくるときはある。
口をついたメロディーを慌ててスマートフォンの録音機能に残す、これでパソコンなど立ち上げて音符にする作業を始めたら、また眠れなくなってしまう、録音機能は手軽でいい。
気の所為か温かくなった心を抱き締める様にして、莉子は眠りについた。
あと鍵を持っているのは田舎の両親だけである。
(集中したい時は、一人にしてほしいなあ……)
その為に、二人で住んでいたマンションから出て、新しいマンションを買ったのに。
溜息を吐くと、激しい音が空気を揺らした。
「な……!?」
ドアを叩いているようだ、いやこの激しさから言ったら殴るか、蹴っているのだろうか。
香子だと思っている莉子は、慌てて玄関へ向かった。
「香子! どうしたの!?」
激しく連打する音に、声が届いているとは思えなかった。
莉子はサンダルに足を通して、鍵を開けた、その音にようやく叩く音が止む。ほっとしたのも束の間、ドアは乱暴に外から開いた。
「きゃ……!」
もっともドアチェーンがかかっているので、ガンっと激しい音がしてドアは十センチ程開いたところで止まった。
思わずドアから一歩引き、身構える。
ドアの隙間から覗き込んだのは、長身で細身の男だった、莉子は見覚えのない男である。
興奮しているのか元々切れ長の目が更に吊り上がり怒っているようだ。前髪がさらりと流れた顔立ちは一瞬見惚れるほどの美丈夫だったが、むっと眉間に皴が寄ったのを見て、莉子は再び身構える。
男は舌打ちした。
「拓弥……女を連れ込むとは、いい度胸だな……」
低い声で言われて、莉子は慌てて首を左右に振る。
「たくやって、誰ですか……?」
「しらばっくれんなよ、おい! 拓弥、出て来い!」
部屋の奥に向かって声を張り上げた。
「たくやなんていませんっ」
「いいから、ここ開けろ! 鍵穴に何しやがった!?」
莉子はやっと合点がいく。
「あの、ここ、私の部屋です!」
違う部屋の鍵ならば、差すことも叶わないのだろう、それで男は怒り出したのだと判った。
「はあ!? 何を言って……!?」
「本当です、部屋番号、確認してくださいっ!」
ドアの脇に部屋の番号は印されている、それを指さすようにして言うと、男は怪訝そうに視線を上げた。
それが視界に入った途端、「あ」と言う顔になり、すぐに全ての怒りを解除する。
恥ずかし気に莉子を見下ろして微笑み、
「済みません、とんだ勘違いで……俺の部屋は、もうひとつ上でした」
さっきまでの怒りの表情と違って、優しく温和な笑みに莉子は簡単に警戒心を解いていた。
「いえ……判っていただけたなら……」
「本当に大変失礼しました」
何度も詫びて何度も頭を下げる男の姿がドアの向こうに消えた。
(上の階か……あんな格好いい人が住んでたんだ……)
新山下にある築三年の新しい大型マンションだが、正直隣に誰が住んでいるかもよく判らない。左右と下の階の部屋には挨拶に行ったが、ろくに顔も見てない、家族構成すら知らない。
大規模マンションなのに意外と人に会わないものだと思った、もっとも莉子は殆どを家の中で過ごしているので、会わないのも当然なのだが。
それからも黙々と仕事をし、とりあえずアイドルグループ向けの一曲は完成させた。メールでデータを送り、更にUSBメモリに保存してそれを事務所に送るのが手順だ。
メモリを外して電源を落とす。
明け方近くになってベッドに潜り込むのはいつもの事。夜中は静かだし電話も来客もないから仕事に集中できるので一年の殆どは昼夜逆転と言っていい生活だ。
ベッドに寝転ぶと、思わず天井を見つめてしまった。
そのコンクリートの向こう側に、あの男性がいると思うと、なんだかソワソワし始める。
(素敵な人……だったな……)
最初の印象こそ意味もなく怒っていて怖かったが。その後の溶けたような笑みを見せられて、莉子の心まで溶かされた。
小さな鼻歌が漏れた、気分がいいと音楽が溢れ出してくるときはある。
口をついたメロディーを慌ててスマートフォンの録音機能に残す、これでパソコンなど立ち上げて音符にする作業を始めたら、また眠れなくなってしまう、録音機能は手軽でいい。
気の所為か温かくなった心を抱き締める様にして、莉子は眠りについた。