Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
莉子の部屋に来る時は、いつもきっちり5分前には来ていた。だからしっかり者なのだと思っていたが、先日も度々発注を忘れると言っていたのを思い出す。そもそも、一番最初は部屋を間違えてたのがきっかけだ。実はかなりのうっかりさんなのかも知れない。

(まさか、私との約束は忘れて出かけたとか……?)

たまの休みだ、羽を伸ばすこともあるだろう。 それはそれで助かる、などと思ってしまう。尊に逢えないのは淋しいが、尊の家に二人きりなど耐え切れないとも思えた。

「……ん、帰ろ……」

小さな声で呟いた時。
ドアが内側から乱暴に開いた。

「──わ……!」
「ごめん! 出られなくて!」

ドアを開けた姿勢のまま、肩で息を切った尊が笑顔で迎えてくれた。 嬉しさに胸が高鳴る。

「仕込み中でさ、出るの遅くなってごめん!」

言われて莉子は頭を左右に振っていた、見れば尊の手は濡れていてところどころに小麦粉が付いていた、ドアを押さえる手にはタオルが握られている、慌てて手を洗って来てくれたのだろう、そう思うと笑みがこぼれた。

その笑みに尊は気付く、莉子は化粧をしていない。無垢の唇が可愛らしく微笑むのを見て触れたくなる衝動を懸命に堪える。

「どうぞ、上がって」

言われるがままに入っていた、上がり框には一足のスリッパが並んでいた、それを見て急に恥ずかしくなる。

(うち、スリッパなんてなかった。藤堂さん、どう思ってたんだろう)

自分は素足だから気にしなかった、そもそも来客もないので用意などしていなかったが、今度買わなくてはと思う。

莉子にだって勝手知ったる尊の部屋になる、廊下を歩いて行くと背後で鍵がかかる音がした。
キッチンに近づくと、既にいい香りがしていた。 意外な事にキッチンは莉子の部屋より少し広かった、しつらいも莉子の部屋とは違う、プロ仕様と判る。
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