Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
「──ああ、ごめんなさい」

隠されたまま客が謝る、対面の席に座っていた連れの女性客は笑いだした。真っ赤な莉子の顔が見えたからだろう。

「いえ……こちらこそごめんなさい」

莉子は盆を持ち腕を伸ばした姿勢のまま、回れ右をしてバックヤードに戻る。

「──もう……ただ読まれるのって……恥ずかし……」

メロディーに乗って耳にするならまだしも、である。

「──でも……嬉しそうに……か」

自分の歌を、そうして聴いてもらえて、歌ってもらえるのは、喜びだった。

今までもそうであったはずだが、その曲はやはり思い入れが違うのだろうか──直接感想を聞いたのも初めてだった。自分の楽曲が香子だけでなく、多くの人を笑顔にしているのだと判って──。

その夜、莉子から香子に連絡を入れた、アルバムの為に数曲だったら作る、そう伝えた。





それから数日後、朝からパソコンに向かう莉子を、尊が背中から抱き締める。

「え……あ、いってらっしゃい……」

もうそんな時間かと声をかけたが、まだ朝の七時だった。

「いいや。朝飯できた」

莉子の髪に唇を押し付けながら、尊は言う。

「え、あ、ごめ……」

言いながらも手は止まらない、画面には言葉の羅列がある。思いつくままに並べているものだが、綺麗な詩だと尊だって思う。
尊は溜息を吐く。

「莉子」
「うん、もうちょっとで……終わる……」
「結局、好きなんだな」

そんな言葉に、莉子はそのまま視線を上げて、背後から覗き込む尊を見上げた。
尊は覗き込んだまま微笑む。

「俺も、莉子が作る歌は好きだ、だから新曲が聞けるのは嬉しい」
「尊……」

もうさせたくないと啖呵を切った尊だった、だからこそ莉子が最初に楽曲作りを引き受けると伝えたのは尊だ。

聞いた尊は初めは黙り込んでいたが、何度か溜息を吐いた後、「莉子がやる気になったなら、やればいい」と後押ししてくれた。
ご飯くらいは作ってやると、家事を引き受けてくれるのが有難かった。

「でもな」

急に怒った口調になる。

「俺がいる間は、禁止する。昼も夜もパソコンに向かいやがって」
「え、あ……ごめ……」

慌ててキーボードから手を離した。

「昼飯は、店に食べに来い」

また日参が始まるのか、莉子は微笑んだ。

「はあい」
「夜はちゃんと俺の相手をしろ」
「はあい……え!?」
「昨日も一昨日もあと少しって言ってベッドに来なかったろ。でないと手足縛るからな」
「縛ってどうす……」
「ボイスレコーダーは置いておいてやる、メロディーも歌詞も吹きこめ」
「あ、なんだ……え、あ、ううん、はい、判りました」
「大分前に買った下着はいつ着てくれるんだ?」
「えっ……あれは、着な……っ」
「三日、俺をほったらかしにしたら、問答無用で着させるからな」
「えっ、そんな、はいっ」
「今夜はちゃんと空けておけよ」
「は、は……いっ」

耳まで真っ赤になった莉子の返事は最後まで聞かずに、逆さまのままキスをする。 どんどん深くなるキスと、指で優しく喉を撫でられ、莉子は声もなく体を震わせた。
そんな幸せな束縛を心地よく感じる。

(……あ……書きたいなあ……)

心に湧いてくる感情が詩を、メロディーを紡ぎ出す。これを堰き止めたら窒息でもするのではと思えた。以前龍一が言っていたのは、こういうことかと改めて判る。

(なら、また……もう無理ってとこまで、やってみよう……)

今度は莉子が自ら決めた道だが、莉子の楽曲を一番多く歌うのは結局、香子や香子がプロデュースする歌手達なるのだが莉子には関係ない事だった。それらの曲がKKに酷似していると看破する者もいたが、香子が双子だと似るのかしらとしらを切って終わった。

みずみずしい感性は、淀みなく溢れ続ける。

莉子は、ただ、書きたいから書く。大好きな人の傍で、大好きな人を想いながら。




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