野獣は時に優しく牙を剥く
冷静な谷に反して澪の喉が鳴って恥ずかしさで俯いた。
家柄は申し分ない。
両家ともに喜ぶ縁談だ。
外見も、それにきっと人柄だっていいに決まっている。
けれど、それだけではない『何か』を彼女は持っている。
澪の心は波打ってさざめいた。
自分は動揺する立場にさえいられないというのに。
一呼吸置いた虎之介は谷を見据えて言った。
「萌菜の体には繁栄をもたらす娘の印がある。」
澪は後ろ手で自分の背中をそっと撫でた。
今まで嫌で嫌で堪らなかった赤い忌々しい痣。
それが谷の話を聞いて半信半疑ながらも僅かに意味のあるものだと、自分には必要のあるものだったかもしれないと、そう思えていたのに……。
それさえも許されない。
やっぱり自分は、幸せになってはいけないのだから。
血の気が引いていくのを感じて、その場に立っていることがやっとだった。
谷の表情を窺えるほどの勇気はどこにも残っていない。
申し分のない家柄に人柄に、その上、運命の痣。
彼女を断る理由はどこにもない。