野獣は時に優しく牙を剥く

「今後と言わず今日から一緒に住めばいい。」

 どういう流れでそうなったのか。
 祖父の頭の中には、すっかり結婚する恋人同士の2人が出来上がっているようだった。

 谷が何をどうしたいのか、全く見えてこない。
 彼が本気で自分へ求婚していないことくらい分かる。

 彼に見つめられたら誰しもが恋に落ちると思えるくらいの風貌に、ベンチャー企業とはいえCEO、その上家柄は申し分ないと来ている。

 どこかのお嬢様だって飛びついて来そうな彼が、なんの取り柄もない温情をかけられて入社させてもらった小娘をマトモな神経で選ぶわけがない。

 澪からしたら胡散臭いとしか思えない笑みをたたえて谷がそれらしいことを口にする。

「大事な家族だから、結婚するまで家族と一緒に過ごしたいと言われました。
 僕もその気持ちは大切にして欲しいと伝えてあります。」

「そうか、そうか。それは有難いなぁ。」

 祖父は目に涙を滲ませて何度も頷いている。
 嘘だと分かっているのに澪も目頭が熱くなって下を向いた。

 そんな顔を見てしまったら今さら嘘でしたとは言い出しにくい。

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