うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

 フードコートのベンチに座り、荷物を置く。改めてビッグサイズの人形と向き合えば、浮島は本当にこれが必要だったのかと問いたくなる。靴も服も、どれも遊ぶように買ったものばかりだ。どういうつもりなのだろう。

 人形とにらめっこして待つことしばらく。浮島はアイスクリームとコーヒーを手にして戻ってきた。

「おまたせー。はい、ご褒美」
「私にですか?」
「うん。荷物持ちのご褒美だよ」

 感謝しつつ、ストロベリー味のアイスを一口食べる。イチゴの酸味混じった爽やかな甘みが、疲れ切った佳乃の体に染みこんでいく。まさに至福の時だ。

「……浮島先輩は食べないんですか?」
「オレはいいや。買い物で疲れちゃったし」

 そりゃこれだけお店を回れば疲れもするだろう。呆れつつ、気になっていた人形の使い道について聞く。

「あのお人形って、浮島先輩の趣味ですか?」

 キモカワ系が好きなのだろうか、と思ったのだが浮島は軽く笑って首を横に振った。

「まさか! あれはストレス発散のお買い物なだけだよ」
「ストレス発散って……てっきり何かに使うのかと思っていました」
「あはは。欲しいなら佳乃ちゃんにあげるけど」

 ここまで必死に持ち運んでいたというのに、浮島の態度があっさりしているものだから愕然とする。ならばなぜ買うのか。ストレス発散のために買って、佳乃に持たせるなんてひどすぎやしないか。

 不満を訴えるように睨みつけると、浮島はポケットからあのクレジットカードを取り出した。

「これ、魔法のカードだから。親父のだけど」
「勝手に使っているんですか?」
「好きに使えって渡されているんだ。オレの家、放任主義だからさ」

 ちらりと隣を見やれば浮島は普段よりも沈んだ表情をして遠くを見つめていた。

「小さい頃に母親が出て行っちゃって、親父と兄貴たちしかいないむさくるしい家なんだよね。親父は出来のいい兄貴たちばかり構うからオレは自由で、だからこうして嫌がらせみたいに金を使い込んでやるわけ」
「それ、お父さんに怒られるんじゃ……」
「もう怒られないよ。呆れられてるから、野放し状態。オレにとってもありがたいけど」

 そこで浮島が佳乃を見やる。この間にも佳乃はアイスをしっかりと食べていて、もはやコーンの一部しか残っていなかった。

「……食べるねぇ。ダブルアイスの方がよかった?」
「喉が渇いてたので美味しくてつい……」
「コーヒーも飲んでいいよ。オレ、そんなに飲みたい気分じゃないから」

 差し出されて断り切れず、佳乃はコーヒーも受け取る。コーヒーは熱すぎない、ちょうどいい温度になっていた。これまたアイスで冷えた体にうまい具合に染みこんで絶品である。

「こないだ八雲さんに会って思ったけど、オレが奏斗のこと構うのは、自分と似たものがあるからなのかもしれないねぇ」

 性格は違うが、二人とも家庭環境は似ている。

 だが佳乃には浮島と剣淵は別物のように感じられた。特に浮島は他人に対して不誠実である。剣淵はというと騙されやすく不器用なほどまっすぐだ。

「……あいつ、すごいじゃん? 出来のいい兄貴がいて、それを恨んだり不貞腐れたりはしても、自分の努力は怠らない。勉強だの運動だの趣味だの、なんでも真面目にぶつかってく」
「そうですね。確かに剣淵は真面目です」
「だから、可愛い後輩たちだなって思うよ」
「後輩『たち』?」

 佳乃が聞くと、浮島はくすくすと笑って佳乃を指さした。

「キミも真面目でしょ。オレに面と向かって『本気で人を好きになっていない』なんて言う子はじめてだよ」
「そ、それは……生意気なことを言ってすみません」
「いいよ。そういうところが面白いから佳乃ちゃんが好き」

 好き、とあっさり言われてどきりとする。その動揺を隠すように慌ててコーヒーに口をつけた。まだ温かさは残っているはずなのだが、わからない。ほろ苦さだけが口の中に広がる。

「オレの母親はさ、親父じゃない男を作って出て行っちゃったんだよね。それのせいかもしんないけど、カノジョだろうがトモダチだろうが、いつかはみんなオレを置いていくんだろうなって思ってた」
「だから……色んな女の子とお付き合いしたり、人を試すような発言をしていたんですね」
「うーん。そうかもね。でもそういうのもさ、必死に努力して真面目に向き合ってる奏斗とか、面と向かって叱ってくる佳乃ちゃんとか見ていたら、どうでもよくなっちゃったよ」

 そう言って、浮島が佳乃の頬をつつく。

「オレが卒業しても、仲良くしてよ」
「もちろんです――って頬ぷにぷにしないでください」
「えー? オレと付き合うって言ってくれたらやめたげる」
「何ですか、その脅し!」

 冗談だとわかってはいるが、以前告白されたことが頭に残っていて心臓がばくばくとうるさく急いてしまう。

 佳乃が言い返すと浮島は唇を尖らせて、ふてくされたように自らの髪の毛をいじりだした。くるくると指で巻くようにし、そしてすねた声で言った。

「オレが髪黒くして、伊達くんみたいに真面目になったら好きになってくれる?」
「もしかしてそのためにヘアカラー買ったんですか!?」
「あはは、違うよ。あれは卒業が近いから。気乗りはしないけどね――でも佳乃ちゃんが『髪の黒い浮島先輩も好き』って言ってくれたら気が変わるかも」

 髪の黒い浮島は想像つかず、しかし似合うような気もしてしまう。元々浮島紫音の顔立ちは整っているのだ。派手なピンク色だろうが落ち着いた黒色だろうがあっさり合わせてしまいそうである。しかし――

「どんな姿をしていようが、浮島先輩は浮島先輩ですよ」

 考えて浮かんだのはその言葉だった。どんな姿であったとしても飄々として、人を騙して遊ぶのが好きな、意地悪な浮島紫音は変わらないだろう。
 それを告げると浮島は目を丸くしてじっと佳乃を見つめ、それから呆れたようにため息をついた。

「……オレのかわいい後輩ちゃんはすごいね」

 そして佳乃の頭を撫でる。

「あんまり変なことを言うと、帰せなくなっちゃうよ」
「帰してください。荷物持ち解放してください」
「んー、じゃあそのコーヒー飲み干して」

 交換条件としてなぜコーヒーなのか。疑問に思いながら、コーヒーをすべて飲み干す。佳乃の喉がごくりと上下したのを見終えてから、浮島が紙袋を取り出した。

「どう? 効果ある?」
「え? 特に変わりはない気がしますけど……」

 浮島は空になった白い紙袋を佳乃に渡す。そこには『一目惚れさせる粉』と書いてあった。先ほどのお店で買ったやつだろう。慌てて中身を確認するが中は空っぽである。

「残念だなぁ」
「な、何飲ませてるんですか!?」
「これで佳乃ちゃんを落とせたら最高だなって思って。ざーんねん」

 お店での宣言通り剣淵に飲ませて遊ぶのだろうと思っていたので、まさか佳乃が食らうとは思ってもいなかった。驚きと同時にどっと疲れが全身を襲う。これだから浮島は油断ならない。何をしてくるかわからないのだから。
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