元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
 
これ以上ここにいても雰囲気が悪くなる一方だと思い、「それでは、僕はそろそろ戻ります。お茶ごちそうさまでした」と挨拶をして部屋から出ようとした。

するとセルドニキさんは「ちょっと待って」と広げていた書類を急いで封蝋すると、それを私に手渡した。

「今日の報告書だ。宰相閣下に届けておくれ」

書類を受け取りもう一度彼お辞儀をする私を苦笑して眺めながら、セルドニキさんは肩を竦めて言う。

「やだねえ、魅力が大きすぎる人間は。憎み合う相手の秘書まで惹きつけちゃうんだから。まあでも、ほどほどにしときなよ。宰相閣下に後足で砂をかけるようなことにならないようにね」

おどけるように微笑んだ彼の細めた目の奥が笑っていないことに気づき、私は密かに肌を粟立てる。

クレメンス様の腹心の部下である彼は、私に警告しているのだ。ライヒシュタット公に肩入れしすぎて万が一にでもクレメンス様を裏切ることになれば――ウィーンの警察はお前の敵になるぞ、と。

「……肝に銘じておきます」

湧き出た恐怖を悟られないように、冷静さを繕って言葉を返す。

そして部屋を出てからホーッと大きく息を吐き出した。

公演中だというのに劇場のロビーには不自然なほど人が多い。きっと皆、私服警察官達なのだろう。

シルクハットの下から鋭い眼光を覗かせている彼らの前を通りすぎながら、私はいつまでも嫌な緊張感を払拭できないでいた。
 
 
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