元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
 
「私は二十世紀のドイツに生まれた。家族は母しかおらず、その日の食い扶持に困るほど暮らしは貧しかった。それでも母は懸命に働き、私を愛してくれていた。美しく優しい母と共に暮らした毎日は、慎ましくも幸せだったよ。――十歳のとき、母が死んだ。仕事からの帰り道で暴漢に襲われたらしい。むごたらしく道に捨てられていたそうだ」

穏やかな口調から紡がれる哀れな話に、私は密かに息を呑んだ。

今の〝クレメンス・メッテルニヒ〟という人間が本当の姿ではないとはいえ、彼の生い立ちがそんなに悲惨なものだったなんて……。

なんだか聞くのが怖いと思ったけれど、私は両手を握り込んで顔を上げクレメンス様を見つめた。

「天涯孤独になった私は孤児院に引き取られることになって、母の遺品を整理していた。そこで初めて、母が日記をつけていたことを知った。そこには母が子供の頃に一家がオーストリアから追放され各地を転々としていたこと、一部の人間からひどい迫害を受けたこと、そして本当の姓を隠し静かに生きていくと誓った旨が書いてあったよ。そう、私には教えられなかった一族の本当の姓――ハプスブルク家の名と共に」

静かな部屋に、パチンと大きく薪の爆ぜる音が響いた。

暖炉の火が燃え盛りながら揺らめき、クレメンス様の影を刹那歪ませる。

目を見開いてゴクリと唾を呑み込んだ私を、〝青い血〟を引く高貴な笑みが見つめた。

「孤児院での日々は地獄だった。聖職者による虐待が平気で横行していた時代だったからね。神に仕える者から、私はあらゆる暴力を受けたよ。十二歳になったとき、孤児院を逃げ出した。きみも知っているだろうが第一次世界大戦のあとのドイツはボロボロでね、誰も孤児に優しくしてくれる余裕などなかった。だから私は生きるためになんでもした……きみが聞いたら悲鳴をあげて横っ面をはたくようなこともね」
 
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