小さな傷
「さて、ここにいても寒いんだけど・・・温かいコーヒーなんか飲ませてくれないかな。」

そのわざとらしい言い方に思わず笑ってしまった。

「やっと笑ったね。」

彼の腕をつかむとそこから十数メートルの私のアパートまで腕を組んで歩いた。

「お邪魔しまーす。」

小声で彼が言いながら靴を脱ぐ。

私はお客用のスリッパを出して履くように促した。

彼は少し部屋を見回しながら、ダイニングテーブルの椅子に鞄とコートを置いた。

「いやぁ・・・女性の独り暮らしの部屋なんて結婚前以来だからちょっと緊張するな。」

また、吹き出してしまった。

「いやいや、マジで。どこに座ったらいいかさえ、思いつかないよ。」

彼がすごくかわいく見えた。一回りも年上のはずなのに。

「どうぞ、こちらへ」

リビングのソファーを勧めた。

「あ、ありがとう。」

彼が所在なさそうに座る。

「コーヒーはブラックですか?」
「あぁ、ブラックで濃いめで頼むよ。」

いつもの颯爽として少し近寄りがたいオーラを放っている仕事中の彼とは同じ人物とは思えないくらいドギマギしている。

私が淹れたコーヒーを手渡し、彼の横に座る。

「あ、ありがとう。」

ゆっくりとコーヒーを啜りながら、まだ部屋を見回している。

「あ、恥ずかしいからあまり部屋の中を見ないでください。」

そういうと彼は

「あ、ごめん。特に見ようと思って見回してるわけじゃなくて・・・。」
「プッ!」

思わず吹いてしまった。

彼はきょとんとしてる。

「あはは、大丈夫ですよ。嫌なことはありませんから。あまり山埜さんが落ち着かなさそうだから少しからかっちゃいました。」
「え?あ、こらぁ。」

照れくさそうに言いながら、わざとらしく拳を振り上げた。

「うふふ、天下の秘書室長でも、緊張することってあるんですね。」

いじわるな追い打ちをかけてみた。

「そりゃ、俺だって・・・緊張することは、あるよ。」

少し機嫌が悪そうに答えた。

「へぇ。」

少し小ばかにしたように言うと

「坂本君、失礼だな。気分が悪くなった!帰る!」

突然、彼は怒り出し、コーヒーをテーブルに置くと、ダイニングに向かい鞄とコートを取った。

「あ、室長、ごめんなさい!そんなつもりじゃ・・・。」

言いながら必死で追いかけた。

彼は玄関先に立つとクルッとこちらを振り返り

「う・そ・だ・よ。」

といって舌を出した。

凄くびっくりした。

本当に彼を怒らせてしまったと思い、思わず泣き出してしまった。

「あ、ごめんごめん。君が僕をからかうから少し脅かしてやろうと思って。」
「ひどいです。」

涙が止まらない。

「ほんとにごめん。」

そういう彼に向かい両手で彼の胸を叩いた。
その時、彼が私をグッと抱きしめてきた。

彼が持っていた鞄とコートが床に落ちる。

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