Q. ―純真な刃―
神は我に味方した。男はこれ幸いと、あらためて銃口を定めた。
「形勢逆転ってやつか?」
「さあどうでしょうね」
「フッ、動くな。撃つぞ」
元紅組の覇気に、成瀬の膝は笑う。
(最後に女の足に一発ぶちこんで、とんづらすっか)
手ごわいのはあの女だけ。そんなことはとうに分析済みだ。
このままうしろに下がった先に、逃げ道がある。土砂の塊を一部掘り、抜け穴を作ったのだ。そこから山の中に逃げれば、さすがに追いつけまい。
ついに勝機が見え、余裕をこく男に、姫華はひそかに口元をゆるめた。
「お好きに撃ってくれてかまわないわ。弾があるならば」
「バカだねえ、最後まで油断しちゃいけねえよ?」
「油断? それは誰の話かしら」
「てめぇだよ、クソアマ」
バァンッ!!
「――今よ」
活きのいい銃声にまぎれ、トンネル内、そしてイヤホンから聞こえてきたのは、謎の合図。
直後、坑門を封鎖していた土砂の一部が、破裂するように崩れていった。
刃を失ったナイフの柄を、姫華が甲子園初球さながらに投げると、銃弾に見事ストライク。
坑門に現れた小さな穴からカキンと高らかな金属音が響いた。泥まみれの野球ボールがその穴をすり抜け、ターゲットの背中にストライク。
これで、ツーアウト。
(な、何……どうして抜け穴がバレ……!?)
わけもわからず背骨をやられた男は、いつの間にか目の前まで来ていた姫華に、何も反応ができなかった。間抜けな顔に、重たい一撃が入る。手から、銃が滑り落ちていった。
スリーアウト、ゲームセット。
「ごめんあそばせ。こちら、最初から4人チームなの」
ご丁寧に、ネタばらし。
若干乱れたブロンドヘアを軽く手直しる。懐中電灯に照らされずとも、十分鮮やかに発光していた。
ターゲットはうつろな視界の中、寝言のように呟いた。
「お……お前……もしかして――」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
トンネルの中に、遠距離攻撃勢である弓使いと野球少年の二人もやってきた。
白目をむいた敵三人を仲良く縄で縛り、神雷の証拠になり得る弓矢やボールを回収していく。
「みんな、ご苦労様。作戦どおりね」
「お疲れ様ですー!」
「女王様直々の合図、感謝します!」
「え……さ、作戦、どおり……?」
ぽかんとする成瀬のほうがおかしいと言わんばかりに、さらりと肯定される。
「ええ、そうよ。うまくいってよかったわね」
すべて、この結末に持っていくための布石。
それぞれの持ち場も、強気な挑発も、計算され尽くした作戦のうちだったわけだ。
成瀬は今になって作戦会議をちゃんと聞いていなかった自分を悔いた。
イヤホンを通して任務遂行を報告すると、大絶賛する汰壱の声が全員の鼓膜を破いた。勇気チームも無事に身柄確保できたらしい。
これにて一件落着。
全身気を張っていた成瀬の体から、みるみる力が抜けていく。一気に疲労が押し寄せた。頭が痛い。体も痛い。汗が止まらず、熱くて、寒い。湯舟にゆっくり浸かりたい気分だった。
高めのピンヒールが踵を返し、リボンの飾りを優雅に揺らした。
「じゃあ帰りましょうか」