Q. ―純真な刃―


ここはミャンマーに属しながらも、点在する島の最南端に位置する少数民族の村。

飛行機の墜落現場は本土の峠をふたつ越えた海岸にあり、地図で見ると近く感じるが、実際には車で最低1日はかかる距離だ。

サンカクが発見されたのもそこだった。

証拠となり得る爆弾の遠隔装置の部品を回収しに行ったボスが、たまたまサンカクを見つけ、気まぐれか私欲か、顔の利く病院で最低限の治療をさせ、地下牢へ連れ帰ってあとはマルに丸投げした。


今まで、地下牢の収容人数は減ることはあっても、増えることはなかった。この村自体、外国人はおろか村人以外が立ち入ることもなく、だからこそ独自の言語が発達したとされる。

そこに突然やってきた、多国の血を引く重体の子。傍から見れば、極めて異例の存在だった。


そしてまた、この辺鄙な地に、外部から人が訪れようとしている。しかも、日本の警察が。村中で噂になるのも無理はなかった。

飛行機墜落があったにせよ、この辺りにまで捜査網が敷かれることに、正直マルは驚いている。

30名ほどの誘拐および密航をみすみす取り逃し、あまつさえ3ヶ月経過した今でも音沙汰のない日本警察に、早々に失望していたからか、捜査目的が別にあるにしろ真実を追い求める気概を感じられたのはうれしい誤算であった。


またとない千載一遇のチャンス。
最初で最後の、起死回生の一手。

もうこれに賭けるしかなかった。




「それ、ボスたちは知ってるの?」




シカクは水を差すように問いかける。




「わからない。でも……」

「……知ってるよねどうせ」

「……うん、私もそう思う」




紅組の残党は、この地下牢の管轄部隊だけでなく、日本にもまだ複数人いる。飛行機に爆弾を仕掛け、墜落させた実行犯は、日本残留組のほうだ。ボスはそれに指示を出しただけに過ぎない。

もしかしたら、組織所有の航空機で来る確率の高い警察を、前回と同じ目に遭わせようと日本に連絡している最中かもしれない。今度は別の方法で侵入を妨害するかもしれない。村に来た警察を銃で迎えて、何ごともなかったことにするかもしれない。

元紅組の情報網も、行動パターンも、幼い子どもにはどうがんばっても当てられない。本来、考えることすらなかったはずの、パンドラの箱。ふたが開いても、中身はわからない。なぜなら、その箱の奥底にいるのは、子どもたち(自分たち)なのだから。




「たぶんボスたちは早く闇市を開いてとんずらしたいはず」




長引くほどリスクは高まる。

警察が嗅ぎまわっている現状の対処法が決まり次第、15個のかさばる荷物を速やかに売りに出そうとするにちがいない。

猶予は、もう残されていない。




「そんなのまたずに、このくにのけいさつにつうほうしようよ! マルはそとにでられるんでしょ!?」




サンカクの切なる訴えに、マルはやむなく首を振った。




「だめなの」

「どうして!?」

「現地の警察は、すでに何人かボスたちに買収されてる。闇市をつつがなく準備できるのもそのため」

「そんな……」




地下牢だけでなく、村全体にボスら紅組残党の息がかかっている。

だからあんなバカ騒ぎしていても、誰も注意できる立場にない。そもそも日本語を理解できないから、「なんだか今日はやけに機嫌がいいな」くらいにしか認識できない。

その裏でどれほど残忍な所業が行われていても、知らぬ存ぜぬ。どこの国でもたいがい自分が一番かわいいものだ。




「……ごめんね」




頭上から伝わる気配に憑かれたようにマルは頭を垂らした。

ぽちゃんっ。樽の水に、すり潰された砂粒が浮かぶ。
マルっ、と眉根を縮めてなだめるシカクを、マルは形ばかりの微笑で制する。




「ごめんね」




誰にともなく言葉を重ねる。




「絶対にみんなを守るから」




サンカクの痣だらけの手にあるコップから、貴重な一滴が無機質な床へ落ちていった。

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