Q. ―純真な刃―
「ていうか、こいつ、本当に元気になっちゃっていいわけ?」
起き上がったサンカクに、嫌味ったらしい声がかかる。
マルの背後で壁に寄りかかりながら、サンカクを見下ろしているのは、おそろしく肌が白く、いかにも血が足りていなさそうな子ども――シカクだ。
牢にいる子どもたちはみんなやさしく、重体のサンカクを心配し、気遣っているが、シカクだけはいつも当たりが強かった。
いや、正確には、サンカクに対して顕著に感じられるだけで、シカクには一貫として壁がある。トゲトゲのバリケードを張った心が、そのまま態度に表れていた。その様は年頃の反抗期そのものだ。
こんな状況下なのだからみんなで仲良く協力したい。それが地下牢に監禁された被害者の総意であり、サンカクももちろん同じ気持ちだったが、距離を縮めようとすればするほどシカクに突っぱねられてしまうのだった。
「もちろん。元気になってもらわなきゃ困る」
「ふーん。マルはそれでいいんだ?」
ただ唯一、マルにだけは心を開いていて、以前はひっつき虫のように四六時中そばを離れなかった。サンカクが来てからは、看病のためずっとそばにはいられなくなったが。
「いいっていうか……うん。でも……」
あくびする看守を一瞥しつつ、マルは井戸で汲んできた樽の水から木製のコップ一杯分を取り、サンカクに手渡した。
サンカクはにこにこで受け取って喉を潤すが、
「シカクが言っていることも、わかるよ」
「えっ……」
そのひと言にむせ返ってしまう。
大丈夫!? とあわてて背中をさすってくれるマルに、赤らんだ涙目を向けた。
すぐに察したマルは、爛れた傷口を避けて背中をトントンと規則的に撫でながら、努めてやさしい声色で告げた。
「あのね、サンカク。私たちがここに残れているのは、あなたの怪我が治っていないからなの」
「え……?」
「サンカクが元気になったとわかれば、商品出庫処理完了とみなされて、人身取引が始まっちゃうんだよ」
「そしたらみんなばらばらに売り飛ばされて、どこかの誰かの下で奴隷みたいな生活を送ることになるだろうね」
つぶらな瞳にきゅっとした唇を兼ねるシカクの造形に、切れ味のよいハサミのようなシャープさが宿り、口が裂けてもかわいいとは言えない雰囲気だった。
「だから少しでも延ばさなきゃ」
マルはそう意気込みながらも、サンカクに水分補給を促した。しかしサンカクは水を飲むのをためらった。
果たして本当に完治に向かっていいのか。
健康になることに疑問を持つ日が来るなんて、誰が想像できたろう。
常識が通用しない世界。ここは、ふつうに生きて、ふつうに暮らすことのできた日本ではないのだ。
「これはさっき聞いた話なんだけど……この近くに日本の警察が来ているらしいの」
先ほど井戸に水を汲みに行ったときに聞いた噂だった。
この生活を続けて約3ヶ月、マルは現地の言語を感覚的に聞き取れるようになっていた。
「日本の!?」
「なんで!?」
「まさか私たちのこと気づいくれたの!?」
対角側で窺っていたほかの子どもたちは、身を乗り出して聞き入っていた。何か予感を含む言い方に、期待を抱かずにはいられない。
突然活気づいた牢屋に、看守はびくりとして、意味もわからずうろたえていた。
マルはやんわりと手のひらで煽って子どもたちを鎮ませ、自らの語気をもわかりやすくしおらせた。
「たぶん飛行機墜落の捜査の一環じゃないかな」
「あぁ……」
「そっちか……」
「そうだよね……」
「でもチャンスに変わりないよ」