Q. ―純真な刃―


姫華はテーブルに片肘をつき、スマホに顔を近づけた。




「聞き方を変えましょうか。何の目的で紅組残党を追っているんですか」




夜でも巻きの取れない金髪が一房、ブルーライトを曇らせる。

なるほど、と、ここではないどこかから妙に落ち着いた独白が聴こえた。




『それを訊くためにこの端末を乗っ取ったんですね』

「あなたとお話がしたかったんですよ。私たちは存外、お互いを知らないと思いまして」

『知ってどうするんです。妨害する気なら、あなた方も排除しますよ』

「ほう、あなた方“も”ということは、紅組残党はすでに排除対象だと」

『……この世の常識でしょう』




姫華の長いまつ毛が下を向く。睨んでいるようでいて、哀れんでいるようでもあった。




「武器に人に戦力を募って……そうとう殺意がありそうですね」




いや、ただうなずいただけだったのかもしれない。
相変わらず外面的美しさしか汲めないその横顔に、成瀬は見入ることしかできなかった。




「だとすると、標的本人に改造武器が渡ったのは、故意だったのでしょうか。まさか武器にGPSをつけているとは誰も、戦闘狂(ヤクザ)でも考えつきませんよきっと。あなたは実に聡明でいらっしゃる」

『先ほど言っていたボスというのは、その戦闘狂(ヤクザ)のことでしょうか』

「ああ、ボスですか。気になりますか?」

『まあ』

「そうですね、あなたには教えてもいいですよ」

『え?』




姫華は一語一句明朗に告げた。




「直接会っていただけるなら」




今回連絡した本当の狙いは、そこにある。


かくれんぼが得意な武器商人を、表に引きずり出す。

正体をはっきりさせ、武器の流通を止めさせ、そして同じ標的を追う者同士あわよくば味方につけたかった。

そのためには、裏でごちゃごちゃとまどろっこしいことはせず、顔を突き合わせ、腹を割って話すのが一番の理想だ。


こうして真っ向から約束を取り付ける手法は、神雷にしてはとてもやさしい。

だが間違っても正義感やら誠意といった真っ当な理由ではなく、居場所の特定が難航し、突撃したくてもできないゆえの妥協に過ぎなかった。




「オフライントーク会。いかがですか」

『そ――』




耳障りな砂嵐がよぎる。

ジジ……ザッ……――ブツッ。

返答ごと巻きこみ、音波が途絶えた。




「チッ、あいつ逃げやがったか!?」

「いえ……どうでしょう。もしかすると通信障害の可能性もあります」




汰壱が駆け寄ってスマホを拝借すると、ほら、と固まった画面をみんなに見せた。

試しに勇気は自分の携帯をいじってみる。たしかに読み込みが遅く、電波の調子が悪いようだった。




「あとちょっとだったのに……くそっ」

「返事、聞きそびれてしまいましたね」

「日をあらためて立て直しましょう。プログラムは無事なようだから、相手が端末を交換しない限りは有効なはずよ」




姫華は下っ端に代わってノートパソコンの状態をざっと調べ、機能が正常であることを確認した。さすが汰壱考案の式は質がいい。武器のようには改造できない。

いずれあきらめて本当に端末を交換しそうではあるが、問題はない。プログラミングは何度でもできる。


端から一度で大成功するとは姫華は考えていない。秘密主義な武器商人のことを知れただけでも大きな一歩である。




「あのさ、さっきの……」




悔しさのにじむ雰囲気に呑まれずに次回を見据える姫華に、おずおずと近寄ってきたのは成瀬だ。この場にいる中でなぜか一番残念そうな顔をしていた。

声をかけたのはいいが、何やら言いにくそうに口ごもっている。




「ぼ、ボスってなん……」

「あら、忘れたの?」




言い切るまでが長いと踏んでか、姫華は白けた口調でかぶせた。にこりと効果音が乗りそうな模範的な笑顔のおまけ付きで。

成瀬は肯定も否定もできず、ぎゅっと舌を絡めた。

白タイツをまとった姫華の脚を彩る、パールのついたヒールの先端が、逃げ腰な成瀬を指していた。




「あなたのことよ」

「へ……? お、俺?」

「物は言いよう、でしょう?」

「な、なんで、俺がボスって……あっ」




そばで聞き耳を立てていた勇気が、からかいたそうにニヤニヤしていて、誘発的に成瀬は思い出す。そういえば武器商人の調査のために、架空のチームのボスをやらされたことがあった。

気が抜けて背を垂らせば、勇気が嫌味ったらしくのしかかってくる。




「よかったな、武器商人に紹介してもらえんぞ」

「……うれしくない」




知らぬ間にひとり気配を殺して広間を捌けていく金髪の背中が、成瀬の視界にぎりぎり入りこむ。扉の隙間の、奥のほうに、武器を詰めた箱が存在感を放っていた。

胸にしこりのような異物感が留まっていた。いつからそこにあるんだろう。胸を軽く叩いても、不穏な影がちらついて晴れない。

物言わぬスマホが、じっと成瀬の顔をグレーに染めていた。

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