Q. ―純真な刃―



「いいかげん撮影したいんだが」




痺れを切らし、風都誠一郎サプライズファンミーティングを中止させたのは、当の主役本人だった。

喧騒の中心で風都はひとしきり腕を組み仁王立ちしながら、胴上げされるのを断固拒否し、照れや呆れを耐え忍んでいた。が、腕を組み替えようとした際、最愛の妻からのプレゼントである腕時計に目が留まった。撮影終了予定時刻が刻々と迫ってきていることに気がついたのだ。せっかく巻いていたスケジュールは結局元どおりに押し戻されている。

神雷のたまり場での撮影は残業なくスパンッと手短に片付けるのが、ロケの約束だった。賞賛をくれるのはうれしいが、このロケに無理を言って付き合わせた仲間(スタッフ)のためにも、約束は破りたくない。


風都の切実な物言いに、推しごとに興じていたスタッフがきまり悪そうに持ち場に戻った。エキストラの神雷メンバーも、風都の監督モードに倣ってきりっと切り替え、身なりの支度を再開する。

まだ語り足りなそうな汰壱は、同じ副総長である勇気が責任持って回収した。


そうして陽が完全に落ちたころ、ようやくエキストラを交えたアクションシーンの準備が整った。




「本番! よーい!」




物々しい豪邸を背に据えたカメラに、青のブレザーが広い幅をとって映っている。丸腰の成瀬のうしろ姿は、1話のころに比べがっしりとし、身体的な成長を窺わせる。手落ちが透けて見えた髪の毛は、星のない夜空に濡れ、深い暗黒に染まっていた。

ビジュアルのよい成瀬の向こう、相対する位置でまとまるエキストラは、無彩色の和装に、エクステで髪の長さを偽っている。

カメラ横の簡易椅子に着く風都は、画と構図にしみじみとうなずき、全体に届くよう声量を上げて合図した。




「アクションッ!」




エキストラが血に飢えた獣のように動き出す。戦国時代らしく抜刀した模造刀で、目の前の格好の的に四方八方から斬ってかかった。

殺陣をみっちり組み込んだわけでもない、ほぼフリースタイルのプランは、戦闘慣れしたエキストラ側には性に合っているようで、伸び伸びと攻め入っていく。

土方トシヤあらため、的役の成瀬はというと、




(お前ら本気で来るんじゃねえよ!)




軽く二度ほど手合わせしたリハーサルとは当然ながらまったくちがう動きをされ、対応しきれず逃げ惑っていた。

あの神雷相手に1vs多数で逃げられているのがすごい。しかし裏を返せば、うまく泳がされているとも取れる。ガチな顔つきにしては、攻撃の手は多少加減されていた。

アクションシーンこそしっかりと稽古してきた今までとはちがい、あまりにこちらの負担が大きい。主人公の立場がなく、というか演技云々も置き去りでひたすらに防戦して、とんだ苦行だ。


現代か幕末かで思い悩むトシヤの気持ちを表すには、これくらい必死にならなければいけない、ということなのだろう。この過程を経てトシヤは次話で、どちらの時代で生きるのか、人生の一大決心をするのだから。

つまりは成瀬の平均的な演技力より、迫真のリアリティーさを取ったのだ。



成瀬は逃亡先にカメラと監督を目に付けた。撮影中に裏側を匂わせる素振りはご法度。やべ、と焦ってつんのめった成瀬に、監督は咎めるでもなく、口角を上げてゴーサインを出したではないか。鬼畜か。

ヤケになって叫んでしまいそうだった。エキストラ側はすでに奇声を発したり、高笑いしたりしている。派手に騒いでもけっして近所迷惑にならない。そこもまた、ここをロケ地の利点である。




「ああ、もう!」




成瀬は嫌々ながら逆方向に転じた。勇気を始めエキストラの底意地の悪い面に、なけなしの睨みを利かせる。

どうせいずれはこうしなければいけなかった。そういうシナリオだ。

台本があってないようなこのシーン、しかし終盤にだけは丁寧にト書が挿入されている。次話に向け、迷いの中に活路を見出し、不安要素に反撃に出る筋書きが。リハーサルで唯一、監督の指導があった箇所だ。

さっきのゴーサインは「反撃にGO」のサイン。逃げるフェーズはもう撮れ高十分なのだろう。


まったく簡単に言ってくれる。神雷に反撃だなんて無茶苦茶な。

でも……行かなければ。

リアル鬼ごっこから解放されるべく、成瀬は腹を括り、血気盛んな敵役のほうへ突進していった。




(リハんとき、あいつらいい感じに隙作ってくれたけど、本番もうまくやってくれんだろうな?……てか俺もなんでこんなガチになってんだろ)




汗水たらして奮闘するなんてらしくもない。

仕事はあくまで金稼ぎの手段であって、やりがいは別にいらないし、誇りも責任も別にない。それっぽくやり過ごせたらそれでよかったはずなのに。

いつからあれこれ考え、向き合うようになったんだろう。




(わからない……嘘、わかってる。思い当たることといや、ひとつしかねえ)




背筋をぞわっと逆撫でる、過激な抑圧感。

監督たちが見守る、そのずっと高みに建つ異文化仕立ての屋敷から、悪びれもない支配欲が広く唾をつける。


――神雷。

最強で最凶な巣窟に、片足を突っ込んでから、何かが変わった。


環境が変われば人も変わるとよく言うが、自分にもあてはまるとは思わなかったし、実感もない。ついでに言えば、監督のシナリオどおりに動いているようで癪に障った。


神雷(ここ)に来てよかった、とは言えない。

そんな単純な話ではない。




(どんな思いでここに来たと思ってるんだ)


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