Q. ―純真な刃―
今や身も心も捧げる、我が美しき女王様。
巡り合わせてくれたのは、憧れの侍と言っても過言ではない。
ここでドラマ撮影をしているのもきっと何かの縁だ。
「Thank you……セーイチロー殿」
「どうした急に」
「ボクの人生を変えた、原点。セーイチロー殿の侍伝説。つまりあなたのおかげで、女王様と出会えた。傷も愛も知ることができた。ボクの人生は薔薇色です!」
「お、おう……?」
「皆さんも当然ご存知ですよね!? かの有名な侍伝説を!」
思い出に浸ってギアを上げた汰壱は、いきなり第2回目の演説を幕開ける。
スマホのロック画面を周囲に見せびらかした。モノクロの活字がびっしりと埋まっている。何かの新聞記事をデータ化したものらしく、いかにも頭のいい奴のスマホだ。
お手柄高校生!という見出しに、風都の切れ長の双眸がわずかに剥かれた。
「こ、これ、もしかして……」
「That's right! セーイチロー殿が侍と謳われるきっかけとなったニュースです!」
ネタがわかるとなぜか急に頭が悪く見えてくる。
「い、いつも待ち受けそれにしているのか?」
「もちろん! お守り代わりです!」
「そ、そうか……」
「んなことよりお前らヘアメイクはどうしたんだよ」
「さあ、皆さん、ご清聴ください! 我らがバイブル! 侍伝説の始まりを!」
成瀬の指摘はまるっと無視。実に都合のいい耳をしている。
「昔むかし、セーイチロー殿がまだボクらと同じ歳のころくらい昔の話です」
汰壱はロック画面に貼った新聞記事を音読し始めた。
『美術館から、新選組が実際に使用していたとされる刀を盗んだ疑いで、40代無職の男が逮捕された。
現行犯で捕まえたのは、なんと地元に住む高校1年生の少年。
盗品の刀を振り回して逃亡を図った犯人相手に、少年は隙を見て刀を奪い、その刀で峰打ちして終息させたという。
獅子奮迅の働きをした少年をたたえ、後日警察庁より感謝状が送られた』
もはや噂され飽きた話ではあるが、汰壱の語りはスマホに設定しているだけあり気持ちが入りすぎ、かえってバトル漫画のような白熱展開へと昇華させていた。
「このニュースが話題になり、セーイチロー殿は“侍”と尊称されるようになったのです!」
汰壱のパッションにあやかり、神雷構成員や撮影のスタッフも続々と名乗りをあげる。
家族を傷つけた罪人を10倍返しにして警察に突き出した話。
悩める子どもを助けたら実は財閥の御曹司だった話。
伝統ある映画祭で最多数の賞をかっさらった話。
叩けばまだまだ出てくる感動ノンフィクション。
オーディエンスは沸くいっぽうだった。
そんななか、一歩外にいる成瀬は、濃厚な既視感に苛まれていた。
……似たような話が、最近あった気がする。
『奇跡の申し子! 今度は指名手配犯逮捕のお手柄!』
――新道寺緋の件だ。
成瀬は条件反射で首を洋館のほうへ回す。広間の閉め切った窓、そのカーテンの隙間から、外観にはない天然のきらめきを察知する。
あそこに、女王がいる。
白園学園は今週いっぱいまで冬休みなので、たまり場に残留する面々とともに武器商人との次なるコンタクトを謀っていた。
3階の自室ではなく広間でみんな集まって作業しているのか、もしくはティータイム休憩だろうか。動作までは距離的に判断しかねるが、なぜだろう、いつか目が合うんじゃないかと心がそわついて仕方なかった。
(なあ、気づいてんのかよ)
成瀬以外は、若干脚色された武勇伝にえんやこらと風都を祭り上げている。神雷の息のかかる領内ということも忘れ、数多の口から華々しい花火を集中砲火する熱狂ぶり。
これが、侍の影響力。
その第二世が、誕生されつつあるのだ。
それは異名を渡された成瀬――ではなく、世間を賑わせる奇跡の申し子・新道寺のことである。
影響は、善にも悪にも転ぶ。
成瀬のいる芸能界では、手のひら返しなどしょっちゅうだ。影響されればされるほどしがらみは増えていく。
力のある風都だから名声は真に伝説となった。
じゃあ、新道寺は?
偽りの主人公は、いったいどうなってしまうのか。
(なあ……なあ、気づいてんだろ? それを見越して、千間さんに警備を頼んだのか?)
いつか、全身を赤く染めてしまわないように。
実弾による砲火によって。