不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
俺が着地したのは一階の客席である大きなソファだ。座っていた中年男性とアフターと思しきキャバ嬢がソファから転がり落ち、驚きで声も出せなくなっている。
悪いことをした。しかし、今は逃げるのが優先。
テーブルを乗り越え、客も店員もすり抜け、俺は走った。腕に翠を抱えて走り抜けた。

「待て、コラァ!」
「キャーッ!」

悲鳴、怒号、グラスや食器の割れる音。R店内は阿鼻叫喚だ。フロアを抜け、エントランスへ出ると、「こっちだ!」と声が飛んでくる。
今日は外で張り込んでいた六川さんだ。状況はとっくに作戦メンバーに伝わっていたようだ。

「正面も裏口も駄目だ。厨房に話は通ってる。通用口から抜けろ」
「わかりました!」

俺は入り組んだ廊下の先にある厨房へ飛び込んだ。六川さんが後から駆けてくる。

「乃木坂の方面だ。車の場所はわかるな?」
「わかります!」
「車で待機しろ!」

厨房を抜け、勝手口にみたいな通用口から飛び出した。ゴミ箱のある裏路地を駆け抜け、通りに出た。見咎められる前にここから離れなければ。

「豪、もう大丈夫」

翠が俺の腕から自主的に降り、俺と並んでピンヒールで器用に走り出した。美術館の近くまで来ると、あらかじめ用意しておいた車に乗る。すぐに局長から指示がきた。

「この場を離れろとのことだ。自宅待機でいいと言っている」
「作戦は失敗?」

翠が焦った顔で尋ねる。

「さあな」

ともかくここに居残るのが適当ではないという判断だ。翠は変装しているし翠の自宅は青山でここから距離が近すぎる。

「ひとまず、俺の家に行くがいいか?」
「うん、大丈夫」

俺は車を発進させ、自宅マンションのある湾岸方面へ向かった。


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