【完】さつきあめ
赤い口紅の引かれた口元がクスリと小さくあざ笑う。

「そんなにあたしに勝ちたいなら、素直に宮沢に従ってあいつの女になっちゃえばいいのに…そしたらあの人ならさくらをすぐにナンバー1にしてくれるわよ」

カッと体全体が熱くなるのを感じた。

誰にも知られたくなかったこと。
それは、わたしと朝日と光しか知らない事で、最も誰からも知られたくない秘密だった。それを光は容易く綾乃に話したんだ。その事実を知って、恨めしそうに綾乃を睨む。

「あたしは、あの人になんか支配されない!
そんな女にならない!
自分の欲しい物は、自分の力で手に入れる!」

大きな音を立てて、綾乃の持っていたファンデーションのケースが床に叩きつけられる。

中身が散らばって、無残にも化粧室の床のそこらかしこにかけらが散らばっていく。

「欲しくて、どんなにもがいても手に入れれない人の気持ちなんて、さくらには絶対にわからない」

何でわたしが綾乃にそんな事を言われなければならないのだ。
わたしの欲しい物、すべてを手に入れている、綾乃に。

「綾乃さーん?そろそろお客さん待ってるんですけど」

「いま、行く」

外から黒服の声が聞こえる。
綾乃はわたしの顔も見ずに化粧室から出て行こうとした。

「どうして…
いつから綾乃ちゃんはそんなにあたしの事嫌いになっちゃったのかなぁ。何であたしたち、こんな風になっちゃったんだろう…」

「っ…
初めからさくらの事なんか好きじゃなかったわよ」

冷たい言葉ただひとつ残し、綾乃は化粧室から出て行った。
悲しくても泣かない。
もう戻れない、それだけがわかった。
どうしようもなく人の心を動かしたくても、どうにもならない事もある。
それは光に失恋して、わかっていたことじゃない。

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