【完】さつきあめ
グロスを引き直し、鏡に写る自分の姿を確認して、両手で頬を叩く。
どんな事があっても、今は仕事に集中しなきゃ。

指名のお客さんに着いている時に、突然高橋から抜かれた。
指名は何組も被っている。けれど、高橋は意外な言葉を口にした。

「本当にさくらはラッキーだな」

「へ?」

「指名。桜井さんのところから指名だって、さくらに」

「桜井さん?そんな名前の指名いない…」

「だからあの10分だけつけるっていってたフリーの社長」

「え?!話してないよ?!それなのに指名なの?」

「うん…。なんかさっき突然呼ばれて、さくらのことを指さして、指名っていうからさ。
知り合いとかじゃないんだよね?」

「全然知り合いなんかじゃないよ。
あんな人1回会ったら忘れないし…なんであたし指名なんだろう…」

「まぁとりあえず指名は指名だからさ、太客だし、すぐに着いて」

「うん…」



「さくらさんです」

「おじゃまします…」

ホールで女の子を見かけたお客さんが、時たま場内指名する事はある。
けれど、一言も話していないのに、本指名を貰うのは初めての経験だった。
しかもそれが光が確実にお店のお客さんにしたかった人だ。


「待ってたよ!やっと着いてくれた!」

「あの、あたしたち、どこかでお会いしたことありましたか…?」

「ないない」

「ですよね。えっと…さくらです…。よろしくお願いします」

名刺を差し出すと、桜井はちらりと目配せして、受け取った名刺をテーブルの隅に置いた。
そしてポケットから自分の名刺を取り出した。

「よろしくね、さくらちゃん」

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