絶対領域
今までこんなことなかった。
しんどかったのは生活そのもので、逃亡自体は難なくやってのけていた。
だからこそ、オリが何から逃げているのか、今もなおわからないんだ。
繋がれたオリの手が、強く力んだ。
少し痛い。
安心させたくて、同じくらい強く握り返した。
オリは何に怯えているんだろう。
どうしたらオリの恐怖を取り除いてあげられるんだろう。
不意に、ふわっ、と。
ミルクティー色の短い髪が、揺らいだ。
『……え』
顔横すれすれに、切れ味のよさそうなナイフの刃が浮いていた。
な、ナイフ!?
どこから!?
オリが空いてるほうの手で、柄の部分を掴んでくれたから助かったものの、いきなりなんで……。
パニックで絶句してしまう。
飛んできた方向も、気配も気づかなかった。オリがナイフを止めてようやく、ナイフの存在を知ったくらいだ。
どうなってるの?
『腕は鈍っちゃいないようだな』
背中越しに、薄気味悪い声音が反響した。
この路地に、私とオリ以外に誰かいたの!?
もしかしてオリは、早々に勘づいたからあんなに焦って……?