絶対領域
一心不乱に走った。
路地裏を抜け出して、繁華街から遠ざかっていく。
夕日はとうに沈み、焼け焦げそうだった影はコンクリートと同化した。
さっき路地に入ってすぐ感じた殺気を拭いきれずに、汗だけが流れていた。
どこまで走っただろうか。
気づいたら、町並みが廃れていた。
どこか懐かしくて、古めかしい。
ひっそりと建っていたオンボロな空き家を見つけ、試しに玄関の扉を開けてみたら。
『……開いた』
一旦萌奈を下ろして、恐る恐る侵入してみる。
畳の匂いがする。
古風な家の中は、割と綺麗だった。
蛇口をひねれば水が出るし、ガスコンロも火が付く。
少し前まで誰かが住んでいたようだ。
『今日はここで休……』
『オリ』
休もう、と言い終える前に、萌奈の手が汗だくな顔に触れた。
『大丈夫だよ』
『……な、にが、』
『そばにいるよ』
いつから気づいてたんだ。
これでも必死に押し込んでたのに。
……敵わねぇ、な。
明るくほころぶ萌奈の体を、力いっぱい抱きしめた。
優しく背中に腕を回して応えてくれた。
あったかい。
あの出会いの日のように。