エリート御曹司は獣でした
久瀬さんは自席に戻っていて、受話器を片手に顧客と思われる誰かと会話しながら、パソコンの画面を見つめてマウスを操っている。

いつものことながら、忙しそうだ。


電話の相手は、先週のコンベンションセンターで話を聞きたいと言ってもらえた食品メーカーの人だろうか……。

そんな予想をしつつ椅子に座れば、机の下に置いていたショルダーバッグに足が触れた。

それを持ち上げ、膝の上に置き、中を覗いて考える。


こうなれば、早弁するしかないのかな。学生の頃のように……。


今日も好物ばかりを詰め込んだ、手作り肉弁当を持参している。

今朝焼いていた時のハンバーグの香りを思い出すと、口内が潤ってくる。

そのまま誘われるようにバッグに手を差し入れた私であったが……久瀬さんの声が耳に届いてハッと我に返った。


「ありがとうございます。では、本日十三時に伺います。よろしくお願いします」


そう言って電話を終えた彼はきっと、昼休みを取らないつもりなのだろう。


久瀬さんを見て後ろめたい思いが湧き上がった私は、肉への想いを断ち切ってバッグを机の下に戻し、キーボードに手を置いた。

このどうしようもない肉欲求を、そろそろなんとかしないと。

肉よりチョコを喜ぶことはできそうにないが、せめて肉より仕事を選べる女にならなければと、自分を戒めていた。

< 140 / 267 >

この作品をシェア

pagetop