エリート御曹司は獣でした
「どうして泣いてるの?」

「悔しいんです……」

「え?」


久瀬さんの打ち明け話に激しく同情した私は、目に涙を浮かべていた。

それを流すまいと唇を噛みしめ、鼻の付け根に思いきり皺を寄せて、震えながら耐えている。

おそらくは、自分史上、最も不細工な顔になっているのではあるまいか。

このひどい形相を見て気圧されている久瀬さんに、体ごと向き直った私は、両手で彼の右手をガシリと握りしめて、涙声で問いかける。


「今まで、飲み会の誘いを断っていたのは、ポン酢を避けるためなんですね?」

「あ、ああ。それと、なるべく社内の人と、親しい関係にならないようにしている。この体質のことを知られたくないんだ。それより、相田さん、この手は……」


ぎこちない作り笑顔を浮かべる彼は、私の手をそっと外して、代わりにハンカチを差し出してくれる。

その手をハンカチごと強く握りしめて、彼を怯ませた私は、椅子に腰掛けているお尻の位置をずらして、にじり寄った。


「人付き合いが嫌なんじゃなく、その体質を知られたくないだけなんですね?」

「そ、そうだよ。相田さんのしゃぶしゃぶパーティーも断ったことがあったよな。ごめん。参加してみたかったけど、リスクを考えると断るしかない」

「女性社員をふりまくっているのも、彼女がいるからではなく、体質のせいですか?」

「いや、それほど告白されてはいないよ。十人くらい……かな。俺は恋人を作るわけにいかない。ポン酢をうっかり口にして他の女性に手を出してしまったら、恋人を裏切ることになるからね。相田さん、それよりも……」

< 33 / 267 >

この作品をシェア

pagetop