たぶんこれを、初恋と呼ぶ
2週間後の初の顔合わせに向けて俺のストレスは日に日に募っていき、ついに当日、朝から下痢気味で謎の腹痛に悩まされていた。
「安尾さん、顔やばいっすよ。大丈夫ですか?」
「はは、俺が使い物にならなくなったら後はよろしく頼む」
「ええー!勘弁してくださいよマジ」
胃薬は飲んできたが、効く気が全くない。
そっと、腕時計に触れる。
大丈夫、大丈夫だ。俺は商品の説明をいつも通りそのまま伝えればいい。理解されなかったら何度でも分かりやすく、理解されるまで説明するだけだ。
「安尾さんの腕時計センスいいっすね。手巻きですか?」
「え?」
「そういうブランド物付けてるの、ちょっと意外でした。いつもしてましたっけ?」
「いや…貰い物で、普段使いするの勿体なくて。ここぞって時だけに」
「今日がその時っすか。安尾さんの緊張半端ないっすもんね。でも、今回の相手先そういうのに目ざとい人多いんで、いいと思いますよ。ポイント上がります」
「はは…そうかね…」
「つーか貰い物って事は彼女とかからっすか?いーなぁ」
「いや、そんなんじゃないよ」
「またまた。ここぞって時につけるって事は、そういう事でしょう」
彼の言葉に、ストレスの腹痛とはまた違う痛みが、心臓周辺に走る。
彼女ではなくて、『元』が付く。
『これ、梅から預かった。クリスマスのプレゼント用意してたんだって。ヤスに買ったものだから、いらなきゃ捨てろってさ』
梅ちゃんに振られて、どうしたらいいのか理解できず呆然としていた俺に、聖が何て事ないように渡してきた。
聖は多分、俺が梅ちゃんの事をそこまで気にしてないのだと思っている。
友達の押しに負けて、渋々付き合ったのだと思っているのだろう。
彼女にも友達にも、怖くて本心を伝えられない俺は、本当にクズ野郎だ。
梅ちゃんは、捨ててもいいと言ったのか。
まるで俺の存在ごと、梅ちゃんに捨てられたような気分だった。
それでも矛盾しているが、わざわざ俺にクリスマスプレゼントを用意してくれていたのかと、胸が締め付けられた。
今でも、見る度に苦しくなる。
今では重要な日にお守り代わりとして付けているというのもあるが、一番は、自分への戒めの為に付けているという方が正しい。
この時のようなウジウジしたクズな自分にならないようにと。