契約新婚~強引社長は若奥様を甘やかしすぎる~

なんだったんだろう。もうちょっと昔の彰さんのことを聞きたかったのにな……。

そんなことを思いながら、私は音をたてないように寝室に入った。ベッドの中にいる彰さんは無防備な顔で寝息を立てていて、それすらも綺麗で見とれてしまう。

「おやすみなさい、彰さん」

小さく声をかけ、寝室を後にしようとドアに手をかけた。――そのとき。

「ごめん……」

彰さんの低い声がベッドの方からかすかに聞こえ、振り返る。

ごめん……って言った? 起きてるの?

ベッドに近寄ってみたけれど、彰さんの目は閉じたまま。そのうち苦し気に眉根を寄せて、もう一度だけ言葉を発した。

「ごめん……トム、マリア」

えーっと……誰? 寝言だから実在しない人物かもしれないけれど、トムとマリアだなんて、妙に国際的な夢を見ているみたい。

少し心配だったけれど、苦し気な表情は次第にやわらいだので、そのまま寝かせておくことにした。

寝室を出た私は、ひとつ息を吐いてから気合を入れる。

さて、私は食事の後片付けをしたら、お風呂に入ってブログ書いて寝ようっと。

おそらく私たちの〝新婚初夜〟だと思われるこの夜は、そんなふうになんの色気もなく過ぎていくのだった。


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